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◆不定期日記ログ◆

CATEGORY 育成記

■2014-12-29
12月のあいりさん
 あいりさんはおすわりを完全にマスターした。
 最初はDogezaの姿勢で前後にゆらゆらしているだけだったが、そこから尻を高く上げ、上手に腰を下ろして上体を起こすことができるようになった。
 現在はそこから前に向かってハイハイを試みているが、三歩進んで三歩戻るような状態を繰り返しており、目標に向かって前進するのは運次第というありさまになっている。なんという困難性。普通は左スティックを前に倒すだけで進むようになっているはず。やはり人生はクソゲーなのか。
 しかし我々大人はいつのまにか、この複雑な人体の移動コマンドをマクロを書いて自動処理しているのであり、あいりさんもこの奇妙なムーブをしながらマクロを書いているのだろうと思われる。完成が待たれる。

 なお、おすわりの際にどうしても後退するため、コタツに体が押し込まれていく事態が多々ある。おもしろいのでとくに救出はしない。まんざらでもなさそうだし。



 あいりさんはおすわりの安定にともない視点が高くなり、より高いところに手が届くようになった。
 これはつまりコタツの上においてあるスマフォやデジカメ、リモコンといったたぐいのものに積極的に手を伸ばすことが可能ということ。あいりさんはそれらを決して見逃さない。ストラップが垂れているようならそれをつかんで引っ張り、落下してきたスマフォで頭を打って泣くのである。
 何度痛い目にあっても引っ張るのをやめないので、やはりアカチャンの学習能力に期待することはできないと悟った。人は悲しいぐらい忘れてゆく生き物なのだ。こうして今日もあいりさんは果てしない闇の向こうに oh oh 手を伸ばすので、我々が危機を遠ざけてやるしかない。まだ大移動をしないのがせめてもの救いだ。



 幼いころ婆様が歌っていた子守唄をあいりさんにとびっきり不気味に歌い上げるとあいりさんが泣く。
 この子守歌、ちゃんと調べたら2番がわりとガチで不穏だった。1番しか知らなかったが婆様はなぜこんな歌を。



 現在、あいりさんは日に2回離乳食を食べている。
 だんだん歯ごたえのあるものにも挑戦するようになり、おやつのアカチャン用おせんべいなども食べられるようになった。ただまだ、掴む→放すの操作が難しいらしく、なかなか手に持ったおせんべいを口に置いてくることができない。結局、一口サイズに割って直接口に運んでやるしかないのだ。

 また、下の歯が微妙に生え始めているため、ゴムの歯ブラシを与えている。現状、それで下の歯をグリグリしてやると大変に喜ぶ。生え始めでムズムズするのだろう。終わっても大喜びでそれをカミカミしている。ブラシ側より持ち手側のほうがいいらしい。



 以上、生後8ヶ月を迎えたあいりさんの記録。
 
■2014-12-02
行かざあやらざあ
 「ワースゴーイ!あいりさん自力でおすわりできたねェー!」



♪ターッタタータタッタ タタタタター

 やーったやったたった でーきーたー♪
 やーっとやっととっと でーきーたー♪
 ヘイ!ヘイ!ヘイ!ヘイ!
 でーきたできた できたできた ハイハイハイ♪

 Yeah Yeah Wow Wow Yeah Wow Wow...
 Yeah Yeah Wow Wow Yeah Wow Wow...



 ワイフ「ちょっと待って最後そんなんだっけ」
 
■2014-11-29
11月のあいりさん
 6ヶ月になってすぐ、あいりさんの夜泣きが始まった。
 深夜2時くらいから泣き出して、一時間あまりまったく鎮まる気配がなかった。
 「6ヶ月になったら夜泣きが始まる」……あいりさんはどこかでそんなことを聞いたのかもしれぬ。あいりさんは0.5歳児であることに対して自覚的であった。それほど決断的な泣き方であった。

 でもその日以降ほとんど夜中に泣くことは無かった。
 あってもすぐ泣きやんで寝た。
 すごいよかった。



 首が完全にすわり、腰も徐々にすわってくると、抱えたりするときに「ひとりの人間」として取りまわすことができる。要するに、今までのようにちゃんと支えなくても自力で姿勢をキープしてくれるので楽になった。
 ただそのぶん体重は標準を目指して増え続けているため、楽さは差し引きゼロというか赤字である。

 お休みの日には極力あいりさんを連れてお出かけをするようにしている。
 あいりさんはだんだん自己主張ということを覚え始めたので、買い物でもたもたしていると「オ゛イ!」と強い口調でどやしてくるので怖い。
 車で移動中でも赤信号で長時間止まっていると激おこである。動き出すと黙る。あいりさんは移動を渇望している。



 抱き枕としては半端な大きさであったCRAFTHOLICのクッション(通称とり)が、あいりさん周辺に置いておくのにいい感じのサイズで助かっている。
 ねんねの際にはだいたい枕元に置いておき、あいりさんの頭が壁にドンドンするのを防ぐのだ。
 試しにそのクッションの上にうつ伏せにして、クッションごと抱えあげてやったら大変喜んだ。この遊びを「銀の龍の背に乗って」と名付けた。おこがましい。どう見ても青緑の鳥だ。なので「宙船」と名付けた。これもおこがましい。というか中島みゆきから離れろ。



 歯の生えてくる時期が近いのか、あいりさんの間でカミカミするタイプのおもちゃがブームとなっている。
 バナナの形を模した奴が特にお気に入りで、渡すとすぐに自力で口に突っ込んでカミカミしている。
 ぐずっているときもコレを渡すと黙ってカミカミしはじめることが多いので、外出先でも持ち歩いてカミカミさせていたところ、大ばあばが偽物のバナナを噛んでいるあいりさんを見かねて本物のバナナを持ってきた。そういうやつじゃねえからこれ。
 バナナは末弟おじさんが美味しくいただきました。

 手で足先をつかんでいることは以前からあったが、ついに足を口に運ぶようになった。
 さわるだけでは飽きたらず、舐めて嗅いで五感を研ぎ澄ましてその存在を理解するのだろう。何事も頭でわかった気になっていては身につかぬ。平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシも「習うより舐めろ」と言っている。



 最近、あいりさんがDogezaの姿勢で前後にゆらゆらしているのを目撃した。
 Dogezaはお座りやハイハイに派生する技ではないかと踏んでいる。いよいよダイナミックに移動する日も近い。

 以上、生後7ヶ月となったあいりさんの記録。
 
■2014-11-14
あいりさんとフェイント
 あいりさんが各種予防接種を受けている近所の小児科で予約ができたので、自分のインフルエンザの予防接種に行った。
 ワイフはすでに受けていたので一人でいくつもりだったが、タイミング悪くあいりさんのアゴの湿疹がひどくなっていたので、ついでに診て貰うようにあいりさんも連れて行った。

 小児科だけあって、待合室には保育園~小学校くらいの子連れの人がほとんどだった。
 あいりさんは最初おとなしくしていたが、いつもひどい目に遭っている診察室の前まで来て、他の子どもの悲鳴を聞くと、絶望のあまり泣き出した。

 今日は針をさされるのは君じゃない、俺だ。

 あいりさんはそれが理解できるわけもなく、ひたすら絶望の叫びをあげていた。
 俺はといえばあいりさんをだっこしたまま、とっとと注射を受けるだけだった。
 「左腕をまくってください」という医師の指示すら聞き取れない大音量で、あいりさんは泣いていた。
 医師と看護師は苦笑いしていた。
 フェイントだと知ったあとも、あいりさんの絶望の叫びは止まらなかった。

 診察室から出てくる俺はただの「娘の予防接種に来た父親」だった。
 本来ならあいりさんが無表情で、俺が号泣する照英みたいな顔をしていたはずだ。
 完全にお株を奪われた形である。

 あいりさんの湿疹の診察は、他の予約者のインフルエンザの予防接種が済んでから、ということになった。
 待合室にいられないくらいあいりさんが泣き叫んでいたので、やむを得ず外で待機させてもらった。
 あいりさんが静まるまで30分くらいそうしていた。
 問診票は戸外で書いた。

 そのうち診察の時間がやってきた。
 診察室の前まで来ると、再び身に迫る危機を察したあいりさんは泣き出した。
 なんたる学習に裏付けされた危機察知能力か。
 一応診察なので、かまわず服を脱がせて身長と体重を測る。
 やっぱり注射だ!!と確信したあいりさんの絶望の叫びは最高潮となった。

 違うっつーの、ちょっとアゴ見せるだけだっつーの。

 診察自体はちょっとアゴを見ただけで、塗り薬を貰って終了となった。
 二度のフェイントを経てあいりさんはすっかり人間不信となったに違いない。
 人生、こういうこともあるのだ。覚えておくがよい。
 
■2014-10-29
10月のあいりさん
 あいりさんは生後157日目にして離乳食チャレンジを始めた。
 最初はトロトロにうらごししたおかゆを与えてみたところ、非常によい食い付きを見せた。「あーんして」と促さずとも、スプーンが来ると勝手に口を開けるレベル。ミルクは相変わらず嫌がるので,あいりさんは生まれついてのご飯派のようだ。
 なお離乳食チャレンジはその後も順調に、ニンジン、カボチャ、豆腐、サツマイモと発展していった。とくにサツマイモのときは器ごと奪い取ろうとする貪欲さで、俺の遺伝子を受け継いでいるとは思えぬ「食」へのこだわりを見せた。リンゴはあんまりよくなかったらしい。まだ酸っぱいものがよくわからぬと見える。


 あいりさんの中で床をバンバンするブームが始まった。
 バンバンした先にご両親の顔があろうとバンバンするので慈悲がない。
 ただ、バンバンした先にカサカサするものがあると優先的にカサカサし始めるので、とりあえずビニール的なものを与えてやれば良い。
 特に、お薬が入っていたビニール袋が、中に説明の紙が入っていて非常にいい感じらしかったので、ワイフの発案でそれにタノシイな絵を描いてあげることにした。
はらぺこあおむし
できたァー!
 これが著作権などの関係で僕らが用意できる限界のはらぺこあおむしである。


 あいりさんはおすわりがわりと安定するようになった。
 手を離すと数秒で倒れてしまうが、そのまま脇をもって抱え上げるとビシッとたっちできるので、脚力だけはかなり先行して強化されてきた感がある。
 ところでナンデおすわりのことを幼児語で「ちゃんこ」って言うんだぜ?と気になって調べてみたが、どうやら方言らしい。「ちゃんこ」が通じない地域もあるのだろうか。そして徳島県では「おちんこま」というらしく、ニューロンに強い衝撃を受けた。
 その後あいりさんを膝に乗せて「ちんこま ちんこま おちんこま~♪」と自作の歌を歌ってたらワイフに怒られた。これを歌いながらゆらゆらするとあいりさんが超喜ぶのでヤバイ。もう少し大きくなったら絶対この歌覚えてしまう。確実にヤバイ。


 あいりさんは相変わらず怒髪天を衝いている。
 俺も1歳くらいまでは怒髪天を衝いていたようなので、これはしばらく天を衝いたままなのではないかと思っている。たんぽぽの綿毛のようにフワッフワなので面白い。
 ある日、たわむれにドライヤーを持ち出して強引に髪を下ろしてみたところ完全に別人になったので、今後もこうやって髪を下ろす訓練をしていこうと思ったが、翌日からあいりさんがドライヤーを嫌がって泣くようになったので自重している。


 ワイフの手記によると、あいりさんは「あー」「いー」と喃語で喋っているときにこちらが真似をすると喃語で返事をしてくれるが、喃語に対して「そうなの?」と日本語で返事をすると華麗に無視するらしい。喃語以外のプロトコルでのアクセスは無効化するような仕様になっているのだろうか。それともただの気まぐれか。このへんの挙動は注意深く見守っていきたい。


 そういえば最近、ずいぶん寝付きが良くなったので大変ありがたい。ミルクを大量に与えれば勝手に寝てくれることが多い。そのかわり、不満や怒りをあらわすときの声がずいぶん決断的になってきたと思う。

 以上、生後6ヶ月となったあいりさんの記録。
 
■2014-09-29
9月のあいりさん
 あいりさんの笑いのツボの移り変わりは早い。
 一昨日狂ったように笑った「いないいないばあ」も、昨日はなぜか驚きのあまり体を跳ねさせて泣き、今日は曖昧なリアクションしか見せない。
 あいりさんをあやすのに鉄板という言葉はないのだ。
 なお現在はポリ袋をカサカサするのがブームであり、手元に置いておくとずっとにぎにぎくしゃくしゃしているので大変可愛い。


 あいりさんはまた注射を打ちにいった。
 すでに先客が大勢いて、小児科の一室からは、少女の悲鳴にも似た叫び声が、聞こえるとか、聞こえないとか。
 この一室では身の毛もよだつ医学の芸術……裸の赤子に迫る惨劇……窓に映る防疫儀式……
 あいりさんは状況が予測できないらしく、先客の絶叫を聞いてもご機嫌であったが、実際に注射という段になると、あまりに泣きすぎて涙が前方へ向かって勢いよく発射された。
 壁に飛び散る涙のしぶきが「助けてくれ」と叫んでいるのさ。


 そういえばベビーカーをレンタルした。
 これによっておでかけが容易になったので、さっそく電車で山本二三展を見に美術館まで行ってみた。
 あいりさんはおおむね静かにしてくれていてよかった。
 展示内容もラピュタとかもののけとかの背景が満載で非常に満足だったが、最後に社会の教科書の「縄文時代の生活のようす(想像図)」が出てきて仕事モードに引き戻された。


 あいりさんをベビーカーにのっけて動物園に行ってみた。
 色合いが地味なやつとか、あまり動かないやつに対してはほとんど視認できていないようだった。でかくて動き回るヒョウとか、コントラストがハデなペンギンなんかはわりとよく見ていた。
 そのうちあいりさんはねんねしてしまったので、本人の知らないうちに「知能レベルであいりさんがギリギリ勝てる動物は何か」というテーマで協議をした。
 スローロリス君あたりには勝てそうな気がしたが、こいつは┌(┌ ^o^)┐みたいなハイハイができるし、手づかみでモノを食べられるのでやや分が悪いと思った。
 閉園間際まで楽しんだが、閉園BGMが「別れのワルツ」でなく「蛍の光」だったので驚いた。これでは閉園でなく卒業してしまうではないか。俺は「動物園」を「卒業」する……!別れのワルツと蛍の光の違いについては各自ググってほしい。
 なお、この日のあと1日だけあいりさんにゴリラブームが来たことを付け加えておく。


 あいりさんは指しゃぶりがさかんになった。
 しゃぶっているのは主に親指だが、ときおり人差し指と中指をそろえてつっこんでいるときがある。
 あまりそれで喉の奥まで深追いするのは危険である。父は幼い頃、どこまで突っ込めるか試した上、盛大に吐瀉した酸っぱい思い出がある。一度スイッチを押してしまうと、自分の意志ではもう嘔吐は止められないのだ。興味本位で深追いしてはいけない。父からの経験豊富な大人のアドバイスだ。

 器用さもだいぶ上がってきて、両手を組んで両方の指の親指を同時にしゃぶるなどの技を見せるようになった。困ったことにミルクを与えているときも、強引に哺乳瓶の横から親指をねじこんできて、ミルクと親指を同時に吸おうとする。最終的には「指しゃぶりの邪魔」と哺乳瓶をつかんで引きはがしにかかるのでたちが悪い。もはやミルクより親指が好きか。

 ミルク拒絶法もだんだん手が込んできて、先日ついに足まで動員して哺乳瓶を払いのけようとしてきた。
 だが負けるわけにはいかぬ……わしの実力と比較しておぬしの力は赤子に等しい……圧倒的な力の差を思い知るがよい。父はそう言ってミルクをぶちこみ続けるのであった。


 以上、生後5ヶ月を迎えたあいりさんの記録。
 
■2014-08-29
8月のあいりさん
 あいりさんは夜寝る前にめちゃくちゃ泣き散らすようになった。

 寝かしつけるにはとにかく抱っこし続けるしか正解はないのだが、まあそう簡単には寝てはくれない。あいりさんは抱きかかえられた腕の中で、必死に寝るまいと暴れ叫ぶのだ。

「坊や 何におののくか」
「お父さん そこに見えないの 魔王がいる 怖いよ」
「坊や それは睡魔じゃ」

 あいりさんの不安はもっともである。むしろ我々はなぜためらいもなく毎夜毎晩睡魔に魂を売れるのか。明日の朝ちゃんと意識が戻る保証もないのに。我々はすっかり慣れてしまったけれど、意識が遠のいていく恐怖はいかほどのものか。
 でもね、誰かが言っていたけれど、何でも気の持ちようじゃないの。感情の波をクロールで横切っていこう永遠の河をゆく睡魔よ!!
 そう言ってなだめすかして、ときにはおしゃぶりなどをくわえさせつつ、抱っこし続けてようやく寝かすのである。

 ただ、寝たと思ってもフートンに降ろせば背中スイッチで覚醒してしまうので、徹底的なオーバーキルが必要となる。抱っこでHPを削ったあとは、スリングなどを使って徹底的に眠りに落とす。あいりさんが意識を失ってもやめない。首と腰が悲鳴を上げ始めたころ、ようやくたたいてもつねっても起きない完全睡眠が訪れるのだ。



 あいりさんは相変わらずミルクを嫌がる。
 最近は明確な拒絶の意志を持って、ほ乳瓶を払いのけようとしたり、こちらの手を押し返そうとしたりするようになった。
 仕方ないのでこちらも「これキメるとラクになるよ〜」「みんな飲んでるよ〜」と危険ドラッグの売人のごとき売り込みを見せたり、「ミルクは飲み物じゃ」「ミルクを飲むと空腹がやわらぐぞい」と天才博士botみたいなことを言い聞かせながら、ほ乳瓶をねじ込んでいる。
 この世界の事がまるでわからぬあいりさんには、我々が天才博士botになってやらねばならんのだ。



 喃語も相変わらず活発である。
 我々の会話に割り込んだりもしてくるが、残念ながら通信プロトコルが違うので全く意図は伝わらない。
 別に何か喋ろうとしているわけではないのでは?と個人的に思い始めてきた。あいりさんが何かを伝えたいときには「泣く」コマンドしか選択肢がない。喃語を使っているときは、たぶん観察の結果、人間とはこういう感じの鳴き声をときどき出すものだ、と判断してその真似をしているに過ぎないのだろう。
 とか思ってるとそのまま号泣しはじめたりするのでやっぱりよくわからん。



 8月初頭に、あいりさんの予防接種に同行した。
 あいりさんは非常に泣いた。あんな細い腕に針ぶっさして大丈夫なのか?と思ったが大丈夫らしい。あいりさんはしばらく「なんちゅうところに連れてきてくれたんや……」と恨みがましい目で俺を見ていた。
 そういえばこの予防接種って奴、非常に難解なのだ。「予防接種スケジュール」で検索して頂ければその煩雑さはなんとなく伝わると思うが、「こいつとこいつは同時に打っちゃだめ」「こいつはひと月あけて3回打つ」みたいなワクチンどもが並んでおり、「さあ何歳までにこれを全部打てるようにスケジュール組んで下さい」と言われるのだ。
 パワプロかときメモでも攻略しているような気分になるが、いつしか攻略wikiが当たり前の世界になってしまった我々にとっては非常に面倒な案件だった。なんとかスケジュールは立てたが、どうせ発熱などのランダムイベントでめちゃくちゃにされるであろう。げんなりした。



 以上、生後4か月のあいりさんの記録。
 
■2014-08-18
ワンピと鰤
 漫画『ONE PIECE』は「ワンピ」と略される。
 洋服のワンピースも「ワンピ」と略される。

 漫画『BLEACH』は「鰤」と略される。
 ではヘアカラーのブリーチも「ブリ」と略してはどうなのか?


「昨日ブリしたんだけどー、綺麗な茶色にならなくてー……みたいな感じで」
「ブリするっていう響きがもう、うんこしか連想できないよね」


 あいりさんがうんこしたときの幼児語が決定した瞬間であった。
 
■2014-07-29
7月のあいりさん
 あいりさんは前にも増してとにかくミルクを嫌がる。
 飲まないわけではないんだが、哺乳瓶をくわえながら泣きわめくこと十数分、ようやく飲み始める。
 気持ちはわかる。食べ物を消化するのはしんどいしめんどくさい。ワカル。あいりさんはヘソの緒から栄養が送られてくる状態をご所望である。できるなら俺もそうしたい。
 だがこの腐敗した世界に堕とされた以上、消化は避けられぬさだめ。父は容赦なく哺乳瓶をぶちこみ続けるのであった。

 あいりさんは生後三ヶ月まえに早くも寝返りを習得してしまった。ハヤイ。ハヤイすぎる。もしあいりさんが小早川秀秋だったら徳川家康もビビって脱糞するレベル。スキルツリーがおかしい。
 残念ながら片道しかできないので、夜中にフートンに顔を半分うずめて呼吸困難になっていることがある。注意してたびたびひっくり返さないといけない。フートンがふかふかな冬だったら命の危機だ。ただ、首がすわりつつあるのであまり心配はしていない。

 あいりさんは夜泣きはあまりしていない。むしろ一度寝付くと全然起きない。まれに「ギャァ」と悲鳴を上げて起きることがあるくらいで、夜9時から翌朝5時くらいまで安定して寝てくれている。
 起きてしまったときは、おそらく前世の悪夢でも見たのだろうと判断し、抱っこしながら落ち着かせる。前世は確率的にプランクトンか何かだと思うので、「あいりさんはもう人間なんやで、プランクトンやないんやで、いわしは怖くないんやで……」と語りかける。そのうちいわしどころか、いわしを食べるまぐろですら、あいりさんは食べられるようになるのだ。マグロ、ご期待下さい。

 あいりさんはずいぶんおしゃべりになった。ごきげんなときはだいたい「あー」とか「うー」とか喋っている。面白いのでリピートする。
 こうしてあいりさんのパーフェクト喃語教室が開かれるのだが、ときどき明らかに「こんぶ」とか「塩分」とかシーライフに関わる単語を口走るので、やはり前世はプランクトンか何かだったのでは?父は訝しんだ。

 以上、生後三ヶ月を迎えたあいりさんの記録。
 
■2014-06-29
6月のあいりさん
 あいりさんは泣きながらミルクを飲む。大人になって社会に出たら、泣きながら飲むしかない時だって出てくるんだから、せめて今くらいは笑って飲めばいいのに、と思う。
 ひょっとしたらすでに「消化が一番しんどい」という親の形質を受け継いでいるのかもしれない。だとしたら全力全開で2000%俺の子どもだ!


 生後二ヶ月となったあいりさんだが、まだいまいち表情アイコンの使い方がわかっていないようだ。
 突発的に笑顔になることもあるが、前後の脈絡はなく、リアクションとして使っているわけではない。
 はやく表情アイコンを適切に使用したロールが見たい。

 あいりさんは基本的には無表情で、ご機嫌なときにはひたすら手足を屈伸している。
 前世がプランクトンか何かで、その意識がまだ残っているのではないか、というくらいストイックに動かしている。
 たぶんプランクトン的には「なんなんだこのヒトの体って奴はどうやって動かせばいいんだファック!浮力はどこいった!浮力があれば重力なんて『あー』糞!ファック!また変な声出しちまった!そもそもこのファッキン肺呼吸とかいう奴が意味不明なんだよ!」みたいに荒れているのだろう。それくらい激しい動かし方だった。

 仰向けにして放っておくと、キックの力だけでズリズリと頭の方向へ移動し、安らぎフートンからはみだして後頭部を床にぶつけて泣く。
 我々にできることは、あいりさんのスタート地点をできるだけ後ろの方にすることだけである。


 移動を渇望するあいりさんは、抱いて移動することで泣きやむ。
 5分くらい部屋の中をうろうろしていればそのうち寝る。

 たとえ昼寝をしすぎて、夜になっても目が輝いていて「キラキラしてるじゃねえか!(闇の皇帝)」っていう状態だったとしても、抱えて移動していればそのうち寝る。
 ただし移動をやめてフートンに寝かせると、前述のキック移動を始めるため、そのうちフートンから落ちて泣く。
 あいりさんは完全に寝るまで移動を渇望し続けるのだ。
 前世はプランクトンとかではなく、泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロか何かだったのかもしれない。
 
■2014-05-20
あいりさんの三週間
 先週無事に退院をしたあいりさんだが、その体の小ささゆえにまだ準備不足の点もあった。
 うんこが上手くできないのだ。
 どのコマンドを入れれば括約筋が動くのか、そこんとこをつかみ切れていないようだ。

 こういったケースの場合、ジェルを塗った綿棒の先端を肛門に抜き差しして刺激してやると、出る。
 たしかに出る。
 俺は知っている。
 あの夏の日、大腸の奥の奥まで詳らかにされた肛辱の日に思い知ったからだ。
 激しく前後されるたびに本能で括約筋が動くのだ。
 あの日の屈辱と苦痛を思い出して俺は泣いた。
 娘よ……すまぬ……すまぬ……
 父はこの出来事をおまえが反抗期を迎えたころニヤニヤしながら伝えるつもりだ……


 つらい話はおいといて、本日あいりさんは誕生三週間となった。
 驚くほどおとなしくいい子にしていたようで、懸念されていた排泄も自力でできるようになり、夜中に泣いて起こされることも1~2回しかなかったようだ。

 我々は育児について執拗に調査をし常に予測行動を絶やさない。
 この三週目は「魔の三週目」と呼ばれており、絶え間ない夜泣きによって睡眠を阻害され最終的には目覚めながらにして幻覚を見るようになり最悪死ぬ、という恐ろしい週だったはずだ。
 だが実際はお腹がすいたときにちょっと泣くくらいで、まったくおとなしいまま三週目を終えてしまった。
 おそらく胎内にいるころから初期育児の恐怖を語っているのを聞いていたため、素直に難易度をベリーイージーに設定して生まれてくれたのだろう。なんていい子なんだ。


 今日様子を見に行ってみると、ちょっと本腰を入れて泣くようになっていた。
 ミルクはあげた、おむつは換えた、となると、自分をGODS CHILDだと思っておりこの腐敗した世界に堕とされたことを嘆いて泣いている可能性が高い。
 こういうときは抱っこだ。緩やかな加速度を与えることで、母親に咥えられて恐竜から逃れていた小型ほ乳類の赤子のDNAに働きかけ、安心させるのだ。

 そう思って決断的に抱き上げると、一瞬で静かになった。

 下ろすとまた泣き始める。

 抱っこすると即、泣きやむ。


 矢部「あれーっ、あいりさん君が抱かれて泣きやんだでやんす!」
 監督の評価が下がった
 スカウトの評価が下がった
 だきぐせ がついた < ファファファ~


 オイたった一回で味をしめるな!パワプロくん並の豆腐メンタルなのか?
 このあと滅茶苦茶抱いたり下ろしたりした。
 四週目からはベリーイージーからイージーに格上げか?まさかいままではチュートリアルだったのか?
 あいりさんのレベルデザインは実際ブッダ。
 
■2014-05-13
命名までの顛末を記した長文
 何にでも名前はある。
 聖書にも書いてあるだろ、「ことばは初めに神様とともにあり、全てのものはこれによってできた」……だから、生まれた子どもにもまず名前をやらなきゃいけない。


 胎内のエコー写真にヒトの形めいたものがハッキリ写るようになったころから、我々は主治医に性別はどちらか尋ねていた。主治医は判断に慎重だったが、ある日「2000%女の子です」と断言できるヒワイなアングルの写真が撮れてしまったらしく、その日から名前の候補探しが始まった。

 俺の命名に対する姿勢はこのときから変わっていない。
 すなわち、重点する要素を順に並べると以下のようなものになる。


・漢字から読みが判断しやすい
 その漢字の読みがほぼそれしかなく、読みから漢字を連想できるなら最高

・読みから漢字が判断しやすい
 電話口で自分の名前の漢字を説明するときなど、口頭でも伝えやすい

・変換が容易
 いかなる環境でも一発変換可能な名前が理想

・一般的な漢字である
 常用漢字内、最低でもJIS第一水準内にあるべき

・総画数が少ない
 15画以上の漢字だとちょっと複雑って印象あるよね

・外国人から見ても呼びやすいかどうか
 インド人とかは知らない

・「天国・地獄・大地獄!」で天国行きかどうか
 これ地方によってすごいバリエーションあるよね

・字画姓名判断の結果が良い
 上の項目の次くらいに重要。つまり全く考慮しない。


 まずは何でも思いついた名前をひたすら列挙していった。
 予定日が5月だったので、かなり初期の段階で安直に「さつき」か「めい」でいいや、と思いついた。だってトトロの糸井重里っていうか草壁タツオ、あの人32歳だぞ。(関係ない)

 だが「さつき」だと、名字とあわせたとき難聴の人が片山さつきと間違えそうなので却下。
 「めい」は長らく有力候補だったが、読みやすさを考えると当てられる漢字がほぼ「芽衣」しかないということに加え、人気の名前であることから重複のおそれがあり断念。
 そもそも5月生まれにならなかったのでこの判断は正解であった。

 春にちなんで「はるか」はどうか?
 1文字にしてしまえば漢字はやや複雑だが変換はしやすい……とおもいきや「はるか」には「遙」「遥」の区別があり、説明にかなりの困難性を伴う。「春歌」だと目の色素が薄そうだし「春華」だとうなぎパイっぽい。却下した。

 では花の名前は?
 季節の花の名前は、世界的にも女性の名前としてスタンダードだ。
 4月から5月あたりの花ということでアヤメはどうだろう。
 でも「彩芽」ではあんまりだし、かといって他の漢字を当てても変換しづらい。

 ならばここでグローバルな視点を取り入れよう。
 アヤメの花は英語でアイリス。Irisは虹の女神でイメージも良いし、ヨーロッパでは人名としても使われる。このアイリスからとって「あいり」はどうか?

 「それ何か片桐はいりみたい」

 いや…ええと…言うほど似てねえよ!


 名前の響きの面から列挙していたワイフとも意見が一致し、それからしばらくなんの反対意見もなかったため、なんとなくそのまま「あいり」で決定となった。
 漢字はギリギリまで「愛理」「愛里」「愛梨」などで迷ったが、「画数の少ない愛里がいいだろう」ということで落ち着いた。


 あいりさんは本日ようやく退院し、ひとまずワイフ実家に落ち着いた。
 一日中おとなしくミルクも要求せずに隙あらば寝ているので、全力全開で2000パー我々の子どもだ!と思った。
 
■2014-04-29
出産までの顛末を記した長文
 昨年8月に僕らは子どもを授かった。
 授かったという言い方は好きではない。僕らの意志で子をもうけた。


 ワイフはすぐに何も食べられなくなった。
 つわりがこんな酷いものだとは正直まったく予想していなかった。
 9月末から産院への入退院を繰り返し、点滴とウィダーインゼリーで命をつないだ。ワイフはうわごとのように「早く安定期に入りたい」と繰り返していたが、人間の食べ物全般を全く受け付けない状況は続き、もはや安定期というよりも喰種になって「あんていく」に入るほうが早いのではないかという惨状だった。元ネタがわからん人は『東京喰種』を読むべし。

 11月にはついに総合病院への入院となった。もはやワイフのつわりは産科ではなく内科でなければ対処できぬレベルに達している、ということだ。ワイフの手足は難民キャンプのそれに近い悲惨な状況で、体重はいちばんひどいときで胎児込みで30kgを切った。こんな状態でも胎児は空気を読まずに元気に生育していた。
 最初、主治医は「妊娠前から拒食症だったのでは?」と思っていたようだ。失礼な話だ。我々はやせようと思ったことなど微塵もない。あと「BMIが15を切ると妊婦でなくても突然死の可能性がある」とも言っていた。なおこのとき俺のBMIは15.5だった。あれ……これワイフだけでなく俺も死ぬんじゃ……?

 ともあれ、ワイフは総合病院で摂食障害の治療をうけることになった。血管カテーテルを腕から心臓の手前まで突っ込んで、そこから毎日800キロカロリーをぶち込んだ。これに繋がれている限りは飲まず食わずでも死なないという恐るべき装置である。これで長いつわりが去るのをひたすら待つのだ。結局、不自由なく物が食べられるようになって退院の許可が出たのは12月末だった。このとき妊娠21週。

 ちょっとこれ、いくらなんでも出産の難易度が高すぎないか。
 神はこんなジゴクのステージを用意しておきながら、無責任に「産めよ、増えよ、地に満ちよ」なんて言ったのか?
 おかしいだろ、これから栄養つけないといけないときに食えなくなるとか、生物的に設計間違ってるだろ。

 今年に入ってからは謎の出血が続き、出血だと思ったら膀胱炎でしたテヘ、というような事態も経て、主治医の「切迫早産気味なのでなるべく安静に」という曖昧な判断を受けてワイフは実家でひたすら寝ていた。いっそ切迫早産と判断してくれれば全力で寝るのだが、地に落ちた体力をなんとか戻したい時期にこれは酷い。だが体力については、4月に臨月に入っていつ生まれてもいい、という状況になってからのトレーニングでそこそこは戻すことができたようだ。

 予定日は5月の10日。しかしこういう経過もあり、胎児が小さくても早めに出産してしまおう、という予定ではあった。


 4月19日にワイフの様子を見に行ったところ、時々お腹が痛くなってうめく案件が発生していた。
 なんでも前駆陣痛というらしい。そこそこ定期的に来る。

 ぼく「もうそれ陣痛じゃない?」
 ワイフ「陣痛は腰が砕けて歩けないくらい痛いらしいから違う!」
 ぼく「アッハイ」

 それから謎の前駆陣痛に苦しむことまる2日……
 月曜夜26時くらいに、枕元のケイタイにワイフ母からの着信。

 ワイフ母「陣痛なので病院に来てください」
 ぼく「」

 なんなの前駆陣痛から陣痛にシームレスに移行したのコレ。
 その二つの違いは何なわけ?ぜんぜん意味わかんない。

 我々は出産について執拗に調査をし常に予測行動を絶やさない。
 ネット上に転がる数多くの体験談から判断した結果、陣痛とはすなわち「ジゴクのような痛みであり最悪死ぬ」であった。
 しかし実際は生理痛の強いのみたいな曖昧な奴がいつの間にか陣痛となっていたので、どこから陣痛と判断したものかまったくわからなかった。
 いずれにせよ、もうすでにお産はかなり進んでいるようなので、真夜中のハイウェイをぶっ飛ばして病院へと向った。


 3時過ぎ、「いきみたいですか?分娩台空いてるんでもう行っちゃいますか」という提案を受け分娩室へ。
 我々の想定では「分娩台が空いていない、先生が来ないなどのトラブルでなかなか分娩室へ入れず、いきみたいのを堪えながら延々と陣痛室でのたうち回り最悪死ぬ」ことまで可能性に含まれていたが、まったくそのようなことはなかった。
 だがワイフの苦しみようから判断して、陣痛はいよいよ想定していたような痛みに変わってきたようだ。その間隔も徐々に短くなっている。
 装着された機械が無慈悲に記録する陣痛ゲージもカンストするようになり、俺はデータと目視の両面から陣痛の恐ろしさを目撃した。

 そうしているうちに、5時過ぎにはもう本格的にいきんで良い段階まできた。
 窓を開けると鳥のさえずりと爽やかな早朝の空気が吹き込んでくる。
 このぶんだと朝にはもう終わっているのでは?
 我々の予測によれば初産は非常に長期戦となることが明らかなため、24時間にわたって苦しみぬいたあげく気力体力の限界で帝王切開にもつれこみ最悪死ぬ事態を想定していたものの、まったくそのような状況にはなっていない。
 あまりにとんとん拍子に事が進むのと、徹夜明けのテンションによって、俺はちょっぴり楽しい気持ちになってきた。
 ワイフは大変な状態なので「何楽しい気持ちになってんだこの野郎」と思っていたと思うが、まあ陣痛の合間なんて何をされてもイラつくんだから大目に見なよ。

 が、ここにきていきんでもいきんでもアカチャンが下りてこなくなる。
 陣痛ゲージも最大値がかなり下がり、ワイフの様子を見ても痛みが弱まっていることは明らか。
 分娩台に登ると安心して陣痛が弱まってしまうとか、連日の睡眠不足で陣痛が弱まってしまうことがあるらしい。出産にはいきむ筋力の他に子宮の収縮による痛みが必須。さすがの我々も「ジゴクのような痛みが弱まる」という事態は想定していなかった。
 ようやく破水はしたものの、いきんでみたり、痛みを逃がしてチャージしたりを繰り返しているうちに朝8時。

 ここで先生から「陣痛促進剤いれましょうか」という提案!
 促進剤!
 それは我々の調査によれば「これまでのジゴクのような痛みが圧縮されて押し寄せ最悪死ぬ」という恐ろしい薬剤なのである。
 アカチャンの心音は終始安定しており、いますぐ出さねば危ない事態ではない……だがこのまま使わねばいつまでたっても分娩は終わらない……24時間にわたる苦しみ……気力体力の限界……我々は恐怖の板挟みとなり、促進剤を入れる決断をした!

 ジゴクをもたらす恐怖の薬が点滴に投入されていく……それを見たワイフの本能に衝撃が走る!まだほとんど注入されていないというのに!陣痛の強さが飛躍的に増した!再びカンストする陣痛ゲージ!

 ここで何故か胎盤の癒着を心配しはじめるワイフ。
 我々の調査によれば出産後に胎盤が体外にスムースに剥がれ出てこない場合、それを人力で剥がさざるを得なくなり、その際ジゴクのような痛みに襲われ最悪死ぬ。
 しかしふつう出産を目前にして胎盤のことを心配する人はいない。
 アカチャンの頭が触れられる位置まで出ているのだ。早く出してやらねば。

 ここの最後の頑張りがいちばんキツイ。小さいアカチャンとはいえ、最後の最後はやはり裂く以外に出す方法はないのだ。申し訳程度の注射のあと、陰部にハサミが入る!痛い!見えないけど絶対痛い!ワイフは絶叫!だがその絶叫と同時にアカチャンの頭、およそ直径10センチ!
 そこまで出てしまえば、あとは先生につかまれてぬるりと胴体も出てくる。臍の緒が首と胴体にそれぞれ2周くらい巻き付いているようだったが、先生は上手に手繰り寄せて取り上げてくれた。ワイフの悲鳴が荒い呼吸に変わる。そしてアカチャンの泣き声。冷静を装っていた俺もこのときは涙が出た。



 午前9時1分出産、在胎週38週と3日、体重2028g、性別女。
 アカチャンは小さいものの、「酸素うめえ!」とばかりに全力で呼吸していた。声が出ちゃうのは仕方ないね、呼吸初めてだからね。
 でもワイフが抱いたら静かになって、俺のとこにきたら大声あげるのはどうなの?初対面だからってひどくない?

 我々は出産にあたって様々な調査と予測をしてきたが、現実の戦場ではほとんど役に立たなかった。
 特に痛みや恐怖といった感覚はきわめて個人的なものであり、こういった情報を集めても不安を増幅させるだけでなんの利もない。
 平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシも「案ずるより産むがマサシ」と言っている。また「母はマサシ」とも言っている。母体には出産に耐えうる力が備わっているのだ。


 アカチャンは予定通り保育器に入って、人体の操作方法を覚えようとひたすらもがいていた。
 テキトーにバンバンボタン押してるな、と思うくらいの動きようだった。
 取説ないからごめんな。手探りでなんとかしてくれ。