◆不定期日記ログ◆
LOG 2007-09
- ■2007-09-02
- 夜の動物園
「夜の動物園」に行ってきた。
ヒトの檻があって風太君のお母さんのいる日本平動物園に。
結構な人ごみではあったけれど、薄暗い中、得体の知れない鳴き声を聞きながら、獣のにおいに囲まれていると、自分がとんでもないサバイバルをしているような気分になる。
昼間ぐったりしてる肉食の連中が、そわそわと檻のなかを歩き回っている姿はかなり不安を煽る。
ガチったらまず即死だろう。
人間の弱さを思い知った。
だがモルモットの檻で大量のモルモットがドカドカ夕食を食べている姿を見たら、「何匹くらい大学の薬学部に就職するのかな」と思って、立ち直れた。
ヒトの檻があって風太君のお母さんのいる日本平動物園に。
結構な人ごみではあったけれど、薄暗い中、得体の知れない鳴き声を聞きながら、獣のにおいに囲まれていると、自分がとんでもないサバイバルをしているような気分になる。
昼間ぐったりしてる肉食の連中が、そわそわと檻のなかを歩き回っている姿はかなり不安を煽る。
ガチったらまず即死だろう。
人間の弱さを思い知った。
だがモルモットの檻で大量のモルモットがドカドカ夕食を食べている姿を見たら、「何匹くらい大学の薬学部に就職するのかな」と思って、立ち直れた。
- ■2007-09-07
- フレッシュ!
『生いたちの記』のことを、「ナマイタチの記」だと思っていたあの頃。
- ■2007-09-09
- 給食費のドラマ
小学校の先生が語った話である。
その先生のクラスには、母子家庭のAさんと、父子家庭のBさんがいた。
ある日突然、Aさんの母親とBさんの父親が結婚した。
AさんとBさんは同じ苗字となり、兄弟(姉妹?)になった。
これだけでも相当ドラマティックでドメスティックな出来事だが…、
実はAさんの家庭は給食費の支払いを拒否しており、給食を止められていた。
Bさんの家庭は普通に給食費を払っている。
この二つの家庭が一つになった。
しかしAさんの母親は相変わらず給食費を払わず、Bさんの父親は払っている。
Bさんは給食を食べ、Aさんは弁当を持参している。
二人は兄弟で、同じ家から同じように登校してくるのに。
これが「確信犯」って奴なんだろう。
給食費を払わないことが自分にとって「正義」であり、
そのためなら家族としてのまとまりを犠牲することもいとわない。
そういう、本来の意味での確信犯のお話。
その先生のクラスには、母子家庭のAさんと、父子家庭のBさんがいた。
ある日突然、Aさんの母親とBさんの父親が結婚した。
AさんとBさんは同じ苗字となり、兄弟(姉妹?)になった。
これだけでも相当ドラマティックでドメスティックな出来事だが…、
実はAさんの家庭は給食費の支払いを拒否しており、給食を止められていた。
Bさんの家庭は普通に給食費を払っている。
この二つの家庭が一つになった。
しかしAさんの母親は相変わらず給食費を払わず、Bさんの父親は払っている。
Bさんは給食を食べ、Aさんは弁当を持参している。
二人は兄弟で、同じ家から同じように登校してくるのに。
これが「確信犯」って奴なんだろう。
給食費を払わないことが自分にとって「正義」であり、
そのためなら家族としてのまとまりを犠牲することもいとわない。
そういう、本来の意味での確信犯のお話。
- ■2007-09-12
- おもしろさ至上主義
投票に行かない人の言い分として「誰に投票しても同じだから」というのがある。
一理ある。
キチンと投票している僕でも、心の底ではそれを実感しているからだ。
投票率の低下に歯止めをかけるべく、受付時間を延長してみたり、期日前投票を簡素化したり、いろいろな策が打たれた。
今後も投票行動にかかるコストは少なくなっていくだろう。
しかしそれは違うんじゃあないのか?
どんなにコストが0に近づこうが、コストはコスト。
少なくなるのはいいことだが、民衆にはびこる「誰に投票しても同じ」という意識を払拭できない限り、根本的な解決になるとは思えない。
なぜ「誰に投票しても同じ」だと感じるのか?
単純なことだが、それは画一化されすぎた選挙運動のせいだと思う。
おんなじような選挙ポスター、名前を連呼するだけの選挙カー、何一つとして違いを感じるものがない。
公平性を保つための公職選挙法が効きすぎて、候補者それぞれの差別化が行えなくなってしまっているのだ。
まったく知らない人の街頭演説の内容を吟味するコストは、投票所へ行くコストをはるかに上回る。
簡単に一覧できるポスターは顔と名前しか書いていない。選挙カーからも名前しか聞こえてこない。
こんな状態では「誰に投票しても同じ」と感じるのもやむをえない。
もうちょっとおもしろい選挙運動ができるよう、公職選挙法をいじる必要があるのではないか?
ミスチルのニューアルバムの広告と間違うような、斬新な選挙ポスターがあってもいいのではないか?
翌日には演説動画がYouTubeにアップされてしまうような候補者が、もっといてもいいのではないか?
まつりごとは粛々と行うもので「祭事」にしてはいかんという考え方もあるだろう。しかし執政者が変わるということは、民衆にとって祭りであってもいいはずだ。
次はもっとおもしろい選挙になることを祈る。
でもおもしろいこととふざけていることは違うので、そこんとこ踏み外さないでください。
一理ある。
キチンと投票している僕でも、心の底ではそれを実感しているからだ。
投票率の低下に歯止めをかけるべく、受付時間を延長してみたり、期日前投票を簡素化したり、いろいろな策が打たれた。
今後も投票行動にかかるコストは少なくなっていくだろう。
しかしそれは違うんじゃあないのか?
どんなにコストが0に近づこうが、コストはコスト。
少なくなるのはいいことだが、民衆にはびこる「誰に投票しても同じ」という意識を払拭できない限り、根本的な解決になるとは思えない。
なぜ「誰に投票しても同じ」だと感じるのか?
単純なことだが、それは画一化されすぎた選挙運動のせいだと思う。
おんなじような選挙ポスター、名前を連呼するだけの選挙カー、何一つとして違いを感じるものがない。
公平性を保つための公職選挙法が効きすぎて、候補者それぞれの差別化が行えなくなってしまっているのだ。
まったく知らない人の街頭演説の内容を吟味するコストは、投票所へ行くコストをはるかに上回る。
簡単に一覧できるポスターは顔と名前しか書いていない。選挙カーからも名前しか聞こえてこない。
こんな状態では「誰に投票しても同じ」と感じるのもやむをえない。
もうちょっとおもしろい選挙運動ができるよう、公職選挙法をいじる必要があるのではないか?
ミスチルのニューアルバムの広告と間違うような、斬新な選挙ポスターがあってもいいのではないか?
翌日には演説動画がYouTubeにアップされてしまうような候補者が、もっといてもいいのではないか?
まつりごとは粛々と行うもので「祭事」にしてはいかんという考え方もあるだろう。しかし執政者が変わるということは、民衆にとって祭りであってもいいはずだ。
次はもっとおもしろい選挙になることを祈る。
でもおもしろいこととふざけていることは違うので、そこんとこ踏み外さないでください。
- ■2007-09-15
- wiiあらわる
この日記は、wiiのブラウザーでむりやり書いたものです。
上手く書けていたら、自分をほめてあげようとおもいます。
長文だるい\(^o^)/
上手く書けていたら、自分をほめてあげようとおもいます。
長文だるい\(^o^)/
- ■2007-09-20
- 外惑星対決
天王ウラノス、海王ネプトゥヌス(≒ポセイドン)、冥王プルートウ(≒ハーデス)のなかで、今もっとも涙目なのは昨年自分の星が降格してしまった冥王だろう。
しかし海王も、プルトニウム、ウラニウムの圧倒的な知名度とくらべて、ネプツニウムのマイナーさをいつも指摘されているに違いない。
そして天王も、車田正美から完全スルーされたため、ポセイドン・ハーデスとくらべて「その世代」の人の知名度が低いという弱みがある。
誰が一番不幸か知らないけど、お前ら仲良くしろよ。
しかし海王も、プルトニウム、ウラニウムの圧倒的な知名度とくらべて、ネプツニウムのマイナーさをいつも指摘されているに違いない。
そして天王も、車田正美から完全スルーされたため、ポセイドン・ハーデスとくらべて「その世代」の人の知名度が低いという弱みがある。
誰が一番不幸か知らないけど、お前ら仲良くしろよ。
- ■2007-09-23
- スキヤキウエスタン
久しぶりに映画館で映画を観た。
観終わって「もう一度観たいなぁ!コメントONで」
と思った俺はニコニコ中毒。
観終わって「もう一度観たいなぁ!コメントONで」
と思った俺はニコニコ中毒。