Oneside Flat Web
生きもの地球奇行・イタリア
DNAシークエンス3 『自由人の狂想曲』
■ Memory-1 パール・ジャム
サンタ・マリア・ノヴェッラ駅を出るとすぐ、夕日に照らされたサンタ・マリア・ノヴェッラ教会が見えた。
花の都といえばパリだが、花の女神の名を冠したフィレンツェのほうがその称号にふさわしい気がする。パリは花にたとえるには壮大すぎる。その点フィレンツェは、広さも雰囲気もちょうど良いスケールだと思う。だが、そんなスケールの中に、予習しきれないくらいの歴史が詰まっているのだ。
ホテルはサンタ・マリア・ノヴェッラ駅の近くのはずだった。けっこういいホテルなのですぐ見つかるかと思ったのだが、全然見あたらない。手元の地図の地形が微妙に違うのが気になる。捜索範囲を広げたがまったく見あたらない。
あんどう君が近くの屋台のじいさんに尋ねてみたところ、じいさんは頷いて店の外へと歩き出した。
「イタリア人は目的地まで案内してくれるくらい親切」という情報が頭をよぎる。じいさん!店はどうする気だ!?
……じいさんは無言で店の裏を指した。ホテルはそこにあった。看板は植え込みの影にぽつんとあるだけだった。えっと……
グラッツェ!じいさん!
夕食に入ったお店で食べた、バジルソースのフェットチーネがベリッシモうまかった。日本のスーパーで売ってるやつより苦みが少ない。オイルの差か?風邪の予兆もブッ飛ぶパワー。やはり体力回復にはハーブである。
■ Memory-2 向かえ!天国の時
[map]
翌朝、街歩きを開始。午前中は主に『アサシンクリード』で走り回ったフィレンツェの街のランドマークを見て回ろうというもくろみである。
サン・ロレンツォ教会はメディチ家御用達の教会。ここフィレンツェの歴史的遺産はメディチ家を抜きにしては語れないのだ。周囲には革製品を扱う屋台が、まるでお祭りのようにひしめき合っていた。どういういわれがあるのかわからないが、朝からすげえ賑やかだ。
続いてフィレンツェのランドマークである、サンタ・マリア・デル・フィオーレ教会を見に行く。「ドゥオーモ(大聖堂)」とだけ書かれているガイドブックも多いけど、『アサシンクリード』プレイヤーとしてはちゃんと名前で呼びたい。教会の正面、クーポラ、そしてジョットの鐘楼がきちんと収まる撮影ポイントは、午前中は逆光となり、夕方は手前の洗礼堂の影が落ちるのでタイミングが難しい。
見上げてばかりいても仕方ないので、ジョットの鐘楼に登ってみる。いや、登らなければならない。高いところはビューポイントであり、マップの更新には欠かせないのがアサシンの常識である。
鐘楼の内部は狭い石段になっている。残念ながら
らせん階段!にもなっていないし、
カブト虫!もいない。サンピエトロと違って、階段はひとつしかないので、すれ違うのがなかなか大変だ。いろんな国籍の人と「プレーゴ」「クラッツェ」のあいさつを交わしながらの登頂となった。
頂上はさすがの高さ。飛び降りるだけでトロフィーがもらえるだけのことはある。それにしても、決して地震のない国というわけではないのに、どうしてこんな自信満々の建物を石で造れるんだろう。
次の目的地はサンタ・クローチェ教会。教会前の広場には仮設のスタジアムのようなものが作られていた。フットサルくらいならできそうな規模だったが、オペラでもやるのか、用途は不明。
この教会には偉人の墓・記念碑がたくさんある。ガリレオ、ミケランジェロ、マキャヴェリ、ダンテなどそうそうたるメンバーだ。もっとも、全員ここに埋葬されてるわけではないらしいけど。
そろそろお昼どきになってきたので、本日のメインであるウフィツィ美術館へ向かってシニョーリア広場を歩く。今年は『ジョジョ』6部にあたる2011年なので、タイミングが良ければ
ヴィーナスが広場を歩いて来るかなと思ったが、そんな気配はなかった。
ウフィツィ美術館の外壁には、フィレンツェゆかりの偉人の像が置かれている。こちらにもガリレオ、ミケランジェロ、マキャヴェリ、ダンテなどのメンバーが勢揃いしている。アメリゴ・ヴェスプッチもかなりいい位置にいた。
像の中でも外せないのがメディチ家最強の男
ロレンツォ・イル・マニフィコである。ロレンツォさんはボッティチェリともマブダチで、ミケランジェロはわしが育てたとも言いかねない、フィレンツェ芸術をヨーロッパ中に広めた大パトロンなのだ。アサシンクリードではなんかいつも暗殺されかかってる難儀な人だったが。
予約券を入場券に換える受付がどこなのかちと迷ったものの、大して並ぶことなく館内に入ることができた。ここは撮影禁止であるばかりではなく、鋭利な金属やボトルに入った液体も持ち込めない高警戒エリアである。音声ガイドが充実しているらしいのでそれを借り、ひとまずはカフェでパニーニをいただいた。
美術館内にはだいたい年代ごとに美術品が飾られていた。宗教画が大部分を占める。ガイドを聞きながら見ていくと、技法の移り変わりがわかりやすい。天使のデザインや頭の輪っかの表現なんかは、時代によって随分違うんだな。
無粋な連想になるけれど、初音ミクをデザインしたのはKEIさんだ、というのはみんな知っているし、公式な記録もある。しかし、なぜ初音ミクがネギを持っているか、その理由を知る人はこれからどんどん減っていくだろう。これが何世紀も繰り返された結果、ミクさんは天使となるのだ。
たくさん並んだ宗教画を見ていくと、何人もの画家が同じシーンを描いているのも見てとれる。ごはんを食べていたら「最後の晩餐」だし、母親が死んだ青年を抱えていたら「ピエタ」だ。同じシーンが時代を越えて何度もリメイクされている。よくわからないのもあるけれど、たぶん
原作(聖書か神話)ファンが見たら
「ズゴックがジムを貫いてるから『ジャブローに散る』か」みたいにすぐわかるんだろう。宗教画は壮大な二次創作同人誌即売会だな。
そういえば日本の同人誌即売会も肌色が多い
……そして、ルーヴルに『モナ・リザ』があるように、ここウフィツィにはボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』と『春』がある。歴史の教科書でルネサンスをやるときに高確率で出てくる資料だ。それがこんな間近で、人体の眼の解像度で見られるなんて信じられない。筆遣いまで見てとれるので、
ああ、Photoshopじゃないんだな、と圧倒的な「実物」を前にため息をつくばかりである。
さて、フィレンツェには最低限見ておきたい有名な美術品がもう一個ある。ミケランジェロの『ダビデ』の像である。現在シニョーリア広場に置かれているのはレプリカで、オリジナルはアカデミア美術館に移動されている。たどり着いたのは閉館時間も近いころだったが、それが逆によかったのか、たいして並ばずに入場できた。
ダビデ像は長い廊下の奥に堂々と立っていた。近づくにつれその大きさが実感できる仕組みだ。でかい。広場のレプリカもでかいが、こうして室内に置かれるとそのでかさは格別だ。後ろにも回り込めるので、背中がどうなってるのかも見られる。いったいどうやってこんな大きな立像のデッサンを取ったんだろう。やっぱり石の中から出てくるのか?
……画像も貼らずにいろいろ言っても無意味かもしれない。でもここも高警戒エリア(撮影禁止)だったんだ。フィレンツェの美術館は総じて厳しかった。でもまあ、かろうじて『ヴィーナスの誕生』と『ダビデ』だけは手に入れたから、このマグネットの写真で勘弁してほしい。
だんだん日も落ちてきたので、シニョーリア広場のほうに戻って、レストランで夕食。こちらのボンゴレもベリッシモうまい。イタリアではわりと、ミネラルウォーターとワインを並べて飲んでいる人が多かったので、そのようにしてみた。
食後に「コーヒーorカプチーノ?」と聞かれたのでコーヒーをお願いしたところ、エスプレッソみたいな少量で
ベリッシモ濃いやつが出てきた。これが標準的なコーヒーらしい。それに砂糖をガバッと入れて飲む。これがジャイロとジョニィが飲んでたやつか、ほとんど栄養ドリンクだな!
なおこのエスプレッソは、カフェインに弱い人の胃腸を一口でねじふせる威力があるので、耐性のない人は牛乳で割ってカフェラテにしてもらおう。間違ってもワインで薄めようとしてはいけない。
約束だ!
■ Memory-3 涙の乗車券
翌朝、今度はまっすぐ南へ向かってアルノ川を渡り、ピッティ宮を見ることにした。アサシンクリードの追加シナリオで登場するこの建物は、現在は美術館になっている。ウフィツィやアカデミアみたいに、誰もが知るキラーコンテンツがあるわけではないが、個人的にどうしても見ておきたい絵がここにあるのだ。
それは『婦人の肖像』という地味な名前の絵で、描いたのはボッティチェリ。モデルになった婦人は、アメリゴ・ヴェスプッチの同年代の親戚であり、ロレンツォさんの弟君やルネサンスの巨匠たちを虜にした美しき人妻、その名も
シモネッタ・ヴェスプッチという。
シモネッタ好きなら要チェックである。
高警戒エリア(撮影禁止)だったので絵はがきの写真。彼女は若くして亡くなったので、ボッティチェリは彼女の姿を『ヴィーナスの誕生』に投影したらしい。言われてみれば確かにそうかも、というレベルではあるけど、こういうルネサンスの巨匠たちとシモネッタとの関係を調べていくと、映画が一本撮れそうなレベルで面白い。
なおこの絵はがきを買うときに店員さんが謎の笑いを浮かべていたが、
「また日本人wwwwシモネッタ好きwwww」とか思われてたんだろうか。ショックだ。
ジェラートを食べつつ、ヴェッキオ橋を渡っていったんホテルへ戻る。午後は駅からピサまで出て、斜塔に登る計画だ。昼食は思い切って駅前のマクドナルドにした。さすが世界のマクドナルド、サービスもラインナップも日本とほとんど変わらない。
で、意気揚々とサンタ・マリア・ノヴェッラ駅についたものの、ピサ行きの電車の表示が見あたらず、数分、駅構内をさまようハメになった。最終的に係員の人に「ピサまで行きたいんだけどプラットフォームどこ?」と聞いてみたところ、なんかビッグなプロブレムがあってトレインがストライキなんだとか言っていた。
ストライキ!?マジかよ、それじゃピサ登頂の予約時間に間に合わないじゃないか。
個人旅行は自由だが個人以外の何者でもない。バスも何分かかるかわからなかったので、僕らはピサ行きをスパッとあきらめ、フィレンツェの観光をみっちり行うことにした。
最初は、アカデミア美術館の近くにあるサンマルコ修道院。ここはロレンツォさんのおじいさんの時代からメディチ資本が入っており、若きミケランジェロはここでロレンツォさんに才能を見出された。もしミケランジェロの一生を漫画化するとしたら、ここのシーンは第1巻の最後に大ゴマで収録されるだろう。
そんな歴史的な中庭を抜け、二階に上ると、たくさんの小部屋が並ぶ廊下に出る。そのいちばん奥にあるのが、
怪僧サヴォナローラのコーナーだ。サヴォナローラは、ロレンツォさん亡き後のフィレンツェにふしぎな力で禁欲的な神権政治を敷くことに成功した奇妙な人で、ここの修道長だった。部屋には肖像画と遺品が展示されていたが、パネルはイタリア語しかなくて読めなかった。いったいどういう歴史的評価を受けてるんだろう。
たくさんの大きな楽譜が並んでいる部屋があった。賛美歌の写本だろうか。予習したところによると、ロレンツォさんのおじいさんは写本の収集家で、ここにヨーロッパ最初の公共図書館をつくったらしい。写本公開に協力したのは
ニッコロ・ニッコリというすてきな名前の人なんだけど、残念ながら肖像画などはなかった。見てみたかったな、きっとさぞかし(以下略)
次に、昨日入るのをあきらめたサンタ・マリア・デル・フィオーレ教会の内部を見学。天井がむちゃくちゃ高い。この高さ、アサシンクリードの印章探しミッションではとんでもなく苦労させられた。あの梁につかまって移動していたと思うと背筋が凍る。さすがにクーポラに登るのはやめておいた。昨日、隣の鐘楼に登ったばかりだし。
続いて、ホテルの方面に戻って、サンタ・マリア・ノヴェッラ薬局でお買い物。なんか入口が普通のマンションって感じで見つけにくかったけど、ここは世界最古の歴史を持つ薬局らしい。
薬局というよりは……この雰囲気は
「どうぐや」のほうが近い。ファンタジーの世界だ。どうぐやなので品物を手に取ることはできない。カウンターごしに店員さんに商品名を告げなければならないのでちょっと敷居が高い。だが複数の言語でメニューが置いてある。
- メリッサ水 60mL
- サンタマリアノヴェッラ水 25mL
- サンタマリアノヴェッラ錠剤 40g
- 芳香酢(気付け薬)"七人の盗賊" 15mL
……どうやって使うのかわからないが体力か状態異常が回復しそうだ。おしながきと量と値段だけ見てお買い物するなんて、ほんとにレトロRPGの世界だな。事前に攻略本で効果を調べておけば良かった。
とりあえずあんどう君がサンタマリアノヴェッラ水を買った。使い方を英語で尋ねてみていたが……飲む?……水に、たらして、飲む?……飲めばいいらしい。これで勝つる!
さて、お買い物も済んだところで、いよいよフィレンツェ最後の目的地、ミケランジェロ広場への移動をはじめた。郊外の丘にあるミケランジェロ広場からは、それはきれいな夕日が見られるらしい。本来はピサから戻ったあと行くつもりだったので、まだ日が高すぎる気がするが、時計はもう8時だし休み休み歩いていけばいいだろう。
ミケランジェロ広場から見た夕方のフィレンツェ。夕方っていうかこの時点もう9時なんだけど。いろんな国籍の人が、太陽が見切れるまで石段に座っておしゃべりをしたりピザを食ったりしていた。やっぱり高いところはいいな、位置エネルギーがスゴイもんな。たとえ帰り道の下り坂でその位置エネルギーが膝を攻撃することになろうとも。
翌朝、フィレンツェに別れを告げて、ローマ行きのユーロスターに乗る。やはり連番の予約席は隣どうしでなく向かい合わせだったが、他に誰もいないうえローマまでノンストップなので、広々と使わせてもらった。
ふと、予約チケットを見ると、妙なことに気がついた。チケットに記載された発車予定時間が、列車の表示と合わない。よく見ると出発駅の名前がフィレンツェ内の他の駅だ。まさかの予約ミス。まあ仕方ない、降りる駅もないし、幸い指定席はガラガラだし、車掌さんが来たら精算してもらおう。
車掌さんはスマートフォンのような携帯検札機を指先で操って代金を計算した。
1・9・0?……
190ユーロですかァーッ!?
ひとり1万円以上じゃないですかァーッ!!
……どうやらユーロスターの罰金がシビアだってのはホントらしい。乗っちまったら乗り越し精算なんて通用しないのだ。仕方ないのでカードで払った。
バスとかあんなにテキトーなのに、やるときはやるんだなイタリア……!
イタリアの本気に驚きつつ、
ローマ編に続く。