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生きもの地球奇行・フランス(前編)

~ 翼よ、あれがパリの飛騨 ~

 【いちにちめ】こんにちはパリジェンヌ
 

ゲームのおもしろさってゲームの外側に山ほどつまってるはずで、
ゲームは、その宝物を掘りだすシャベルみたいなものなんです。(糸井重里)


 八月二十六日朝、成田空港。
 いままで国外に出たことはなく、飛行機に乗った記憶すら遠い昔になっている僕は、正直なんでこんな大胆な旅行を企てたんだろうと思いながら、キャリーバッグを引いていた。
 そもそも、一ヶ月前に立派なパリジェンヌになるためにフランスに渡ったあんどう君の手引きがなかったら、フランスに行こうなどとは一生考えなかったことだろう。
 大丈夫、フランス語は「ブラボー!おお…ブラボー!」くらいしかわからないけど『ベルサイユのばら』はちゃんと読破した!
 そんな感じでわりと意気揚々と空港に入っていった。

 なにぶんはじめてのことで、JALのカウンターを探すのにやや手間取ったが、ほかは(混雑を除いて)特に問題なく、各種手続きを順に済ませる。

 搭乗の時間だ。
 混雑を避けるため、順番に搭乗が始まった。

 「優先的に入れるのはファーストクラス・ビジネスクラスだけだ。平民どもは後から入ってもらう」

 くそっ貴族のやつらめ!
 第三身分の僕たちはこうして最後まで立たされているのか!(『ベルサイユのばら』の影響による間違った階級意識)
 だがフランスに行こうという情熱は嵐にも勝って熱い。どのような仕打ちにもゆるぎはしない。ああ…!きみにわかるだろうか!僕の心臓がどれほどはげしく紅く燃えあがっているか…わかってもらえるだろうか!?

 エコノミーの番になり、完全にマクシミリアン・ロベスピエールとなっていた僕は、力強く搭乗券を機械につっこんだ。
 ピーという電子音。
 歩み寄ってくるスタッフ。

 「申し訳ありません、エコノミークラスの人数がいっぱいになってしまいまして、お客様の搭乗券をビジネスクラスにアップグレードさせていただきます」

 話には聞いたことがある…キャンセルがあまり出なくて人数があふれた場合、ビジネスクラスの空いている席に入れてくれることがある…と!
 これが世に聞くオーバーブッキング!
 あたしが…あたしが貴族!?

 シートはやたら広いわ料理は前菜から五月雨式にやってくるわでたいそうなもてなしをうけました。
 シャンパン片手に11時間あまりの優雅なフライト。
 モスクワを越えたあたりでぐっすり眠り、目が覚めたらもうフランスだ。

 窓の外に小さく見える、赤い屋根の集落。
 ああ、僕は異国に来たんだな。



 シャルル・ド・ゴール空港に降り立つと、不安がもりもり沸いてきた。
 実のところ、どの便に乗るかは伝えてあったものの、あんどう君との現地での連絡手段があるわけでなく、空港でうまく合流できなかった場合僕は壮大な迷子になる。
 念力かなにかで探してくれ!

 出国ゲート付近でひとりポツンと待っている人を見かけたが、メガネをかけてよく見ると筋骨隆々としたハゲのおっさんだったのでどう考えても違った。
 本物のあんどう君がちゃんとロビーのお出迎えポイントで待っているのを見つけたが、向こうはメガネで変装した僕に気がつかないようだ。

 「お忘れでございますかマリー・あんどうワネット様。フェルゼンたったいまフランスに到着いたしました」

 キモい台詞とともに合流完了!

 「シャルル・ド・ゴールって軍人の名前だよね」
 「そうですよ」
 「軍人の名前が空港についてるってのは、日本人的な感覚で言うと『東条英機空港』とかそういうイメージ?」
 「それはちょっと…そもそも日本じゃあ人のフルネームを地名にしたりしないじゃないですか」
 「いや、するよ、高幡不動駅とか」
 「それはフルネームじゃないです」

 全然フランスさを感じさせない会話をしながら、バスでパリ市内へ。
 ていうか平たいなーフランス!山とか見えないのな!
 ビルの窓に洗濯物がはためく風景が見られなくなったら、そこはもうパリだ。(あんどう君のパリジェンヌ豆知識)

 映画やテレビでしか見たことのなかった重厚な街並みが、目の前に!
 カフェでくつろぐパリジャン達も目の前に!
 ほんと白々しいくらいパリだなここは!

 そしてバスから降りたら、いきなりこれだ。
Arc de Triomphe
凱旋門ッ!!
 これほどまでにパリに来たことを思い知らされるモニュメントが他にあるだろうか!
 いやいっぱいあるけどね。エッフェル塔とか。
 一部の写真はクリック拡大できるようになってるんで油断しないでね。

 凱旋門を横目で見ながらホテルへ向かう。
 とはいえ場所がちょいと離れているので、交通機関を利用せねばならない。
 パリで最も一般的な交通機関といえば地下鉄だ!
 メトロはパリ市内のあらゆるところに口をあけて僕らを待っている。

 メトロはすごい。豪快だ。
 ドアの開閉は一部路線を除いて手動。豪快だ。
 レバーをグイィッって上げると、ボッゴァ!と開く。豪快だ。
 そんでパリジャンたちは、列車が完全に止まってないうちから、ボッゴァと開けて飛び出してくる。豪快だ。
 ピックポケットも歌うたいもいる混沌地帯、それがメトロ。
こっち見んな
絶望的な玄関
 ホテルの近くにあったマンションの玄関。
 何を表現してるのかわからんが怖すぎる。

 あんどう君にホテルまで案内してもらい、チェックインの手続きもしてもらう。
 ほう、さすがパリジェンヌ、流暢に挨拶して手続きを…ってほとんど英語だー!
 たしかに観光地においては生半可なフランス語よりも英語のほうが通りがよい。イヤミがおフランス帰りなのに自分のことを「ミー」という理由がわかった気がする。



 時間はまだ17時くらい。今日は遅くまでルーヴルが開いてるというので、まずルーヴルを見てくることにした。

 メトロを降りると目の前にパレ・ロワイヤル。
 おお、これがオスカル様のためにアンドレが片目を捨てたところだな!
 そしてそのすぐとなりがルーヴルなのだな!
ルーブル宮
すごい建物
 これはもう建物自体が美術品だな…!
 そしてその真ん中に謎のピラミッドを建てた奴のセンスがすげぇ。

 とりあえずフードコートに向かって夕食をとることにした。
 ダヴィンチコードで一躍有名になった逆さピラミッドの向こうだ。
 どの店も掲げられてるメニューの意味がよくわからず、注文の仕方も全然わからない。あんどう君が適当に「これとこれを下さい」的なカンバセーションを試みた。ほとんど英語で。よくわかんないなりに「ウィ」「ウィ」って言ってたら、無事にレジまで進むことができた。やってみるもんだ。

 しかしレジでなんかトラブル発生。
 トラブルの内容はよくわかんなかったけど、よくわかんないなりに「先にあっちで食べてていいよ」って言ってるのはわかった。
 お言葉に甘えて近くのテーブルで食べることにした。
 しばらくするとレジが直ったのか、店員の兄ちゃんに声をかけられたので、支払いを済ませる。笑顔でエビアンを1本サービスしてくれた。
 メルシー!おお…メルシー!
 フランス語がわかんないなりにコミュニケーションできたよ!



 マトモに見たら一週間はかかると言われるルーヴル。
 ここ一日貸し切りにして鬼ごっこしたらかなりのサバイバルゲームになるな。

 そういうわけで、目にもとまらぬ速さでさわりだけ見て回ることにする。
 まずサモトラケのニケ!首なし彫像が階段の上に神々しく鎮座している!
 思わず「ありがたや…」という言葉が出た!
 日本人は宗教を持たないけど、こういうあらゆる「かむさびたもの」に対して、宗教の枠を飛び越えて無条件で崇拝できる素敵な特性があるのだ。
 どうでもいいけど「サモトラケのニケ」と「ヨイトマケの歌」って似てね?

 そこから右に向かうと、ルーヴルで最も古い部類に属する世界的名画、モナリザのある部屋にたどり着く。てことは、ルーヴルではお局様的なポジションなのか。閉館後に新人をいびったりしているのか。
 はじめてみた本物のモナリザはなんか思ったよりくすんでいて、小さかった。
 だが逆にその小ささが、存在感をより圧倒的なものにしていると思った。
 たしかにダヴィンチは魂の形を残すことができるスタンド使いかもしれない。
 なんていうか…その…下品なんですが…フフ…勃起はしませんでした。僕は変態殺人犯にはならなくて済みそうだ。
フラッシュなし撮影に苦労したぜ
ミロのヴィーナス
 見ろと言われて見ましたが、何か?

 閉館時間が遅い日だったので、その後館内を適当に見て回った。
 ミケランジェロの彫刻がジョジョ立ちしていた(逆です)。
 写真貼るのがめんどいから「瀕死の奴隷」で検索せよ。



 パリは緯度が高い。21時を回ったころになってようやく日が沈んでくる。
 チュイルリー広場を散策しながらオベリスクまで歩く。
 ここが、アンドレが最後の見せ場をつくったチュイルリー広場か…。
 広場にある観覧車がライトアップされ…って観覧車速ぇー!!
 日本の観覧車の3倍の速度で回転してるよあれ!拷問器具か!

 時差ボケにより体の感覚は朝の5時。徹夜で歩き回った気分だ。
 ホテルに戻って、すぐ寝た。
 明日の朝は早い。
 
 【ふつかめ】こんにちはマイケルさん
 26日の朝になった。
 渡仏してごまかしていたが、日本より遅れること7時間、四捨五入して三十路になる年齢になってしまった。
 でもそんなことはどうでもいいのだ。
 今日はバスツアーにてモンサンミッシェルまで遠出するのだから。

 天気はあいにくの雨。
 フランス滞在中は、午前中に雨が降って午後になると晴れる、というパターンが多かった。
 とにかく寒い。秋用の装いを持ってきてよかったと思う。
 ホテルを出るときにフロントのナイスガイが傘を貸してくれた。メルシー!

 パリからモンサンミッシェルまで、高速道路を使って片道5時間弱かかる。
 パリのあるイル・ド・フランスを抜け、ノルマンディ地方を横切り、ブルターニュ地方との境界まで向かうコースだ。
 ところで僕はブルターニュとブルゴーニュをすごい混同しがちなんだけど、ブリトン寄りのほうがブルターニュと覚えた。このへんはブリトンとフランクが領土をやりとりしているので、島国出身の人間には感覚が理解しにくい。

 モンサンミッシェル近くの草原には何千匹もの羊、羊、羊。
 これだけの羊がいれば斥候ラッシュを仕掛けながら即城主も可能ッ!と想像する僕はエイジオブエンパイア脳。

 そして見えてきました、モンサンミッシェル。
聖まいける山
世界遺産!モンサンミッシェル
 すごいやラピュタは本当にあったんだ!
 カリオストロの城のモデルにもなったとかいうモンサンミッシェル!
 森博嗣が訪れ『迷宮百年の睡魔』を書いたというモンサンミッシェル!
 これを見てあんな無茶な改造をしようと思いつく森博嗣の頭脳にキスがしたいわ。
 ちなみにてっぺんに4ドットくらいで見えてるのがマイケル様です。
モンサンミッシェルの街
あまりに狭い大通り
 門をくぐったときから、体中の鳥肌が止まらない。
 「鳥肌が立つ」を感動の形容に使うのは誤用だって聞くけどバカ!じゃあ今俺の腕に立ってるこれはなんだ!?「肌が粟立つ」なんてお行儀のいいものじゃない!俺は今、もうれつに鳥肌が立っているぞ!

 この不思議な街並み…3D化してマリオを一人放り込みたい。
 あの屋根の上のスターをどうやって取ったらいいんだろうとか悩みたい。
 そんな箱庭感。そんな高低差。

 名物のオムレツはすごいフワフワだった。
 どれくらいフワフワだったかというと、食べてるうちに胃の中が半分以上空気でいっぱいになってしまうくらいフワフワだった。
 アップルシードルの炭酸もプラスされて腹ン中がパンパンだぜ。
 正直困る。

 あんどう君に「ホイップ状の部分まで全部食べなくてもいいんじゃ…」とツッコまれた。
 さ、先に言ってくれ!
城壁内部
修道院入り口を内側から
 修道院内部にご案内。
 長い歴史の中、要塞や監獄にその役割を変えたこともあるモンサンミッシェル。
 周りは海だし、過剰なまでに堅固だなぁ。
 ブリトンのロングボウ部隊に屈しなかったというのもうなずける。
 城主時代のテクノロジーじゃ割れないかもわからんね(エイジオブエンパイア脳)

 しかしこの雰囲気…
 今にもガナードどもが「お遍路お遍路」と言いながら襲い掛かってきそうだ。
 ロス・イルミナドスの奴らめ(バイオハザード脳)
ゴシック・ロマネスク混合
修道院内部
 日本人には宗教がないので、どうしても情報は建築様式のほうに行きがちだが、それをさっぴいてもこの修道院の建築は特異だ。
 ロマネスクだとかゴシックだとかそういうレベルでなく、なんていうか、素人でも感覚的にわかる特異さ。どういう設計図を書いたらこんな土地にこんなたいそうな建物が建てられるのか?っていうような感じだ。

 ところでゴシックってゴート民族のものだったんだね。
 ゴートだからゴーティックってことか。
 これから仕事でゴシック体を使うたびにゴートの戦士育成所の脅威を思い出すことにしよう(エイジオブエンパイア脳)

 裏庭から街に降りてきた。
 モンサンミッシェルの街は、なぜか武器屋が充実している。
ボウガンからモーニングスターまで 2.5ユーロ
武器屋とその店先
 ってオーイ!日本刀あるよ!
 これ、どこの観光地にもあるなーと思ってたらフランスにもあるとは!
 恐れ入ったよ!

 さよならモンサンミッシェル。
 そしてまた5時間くらいかけて、パリへ戻るのです。



 パリに戻ってきたころにはもうあたりは薄暗くなっていた。
 あたりが薄暗くなったかなーと感じるころにはもう21時を回っているのでフランスの夏は恐ろしい。

 帰り道、スーパーが開いていたので、お買い物をしてみる。
 レジの前にベルトコンベアがあって、そこにどさどさと買い物カゴの中身を置いていく。
 レジを通った品物はどさどさと買い物袋の上に放り出される。
 「袋に入れる」「支払いを済ませる」、両方やらなきゃいけないのが客のつらいところだな。
 まあ片方はあんどう君に任せてしまえばいいんだけど。

 無事に支払いをして、メルシーっていって立ち去ったところで、へんな手すりの突起に右ひじをぶつけてしまった。
 右腕に電撃が走る。
 パイプ椅子の背もたれとかでよくあるアレだ。
 思わず「オルボァー」みたいなうめき声が出た。

 くしくもこの「オルボァー」はフランス語で「さようなら」の意味らしい。
 一生忘れない。