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◆激突!車学伝説 後編◆

~Crash!! The driving school legend~

※注 激突しないといいな。 

第四章 ~交通戦争~
 無事第二段階に進んだ俺は、また学科から集中的に片付けていった。
 そして予約も取りやすくなってきた9月になってからようやく、初めて教習所外に出たのである。

 …。
 俺は、所内で走っている時に、確かに「運転なんてちょっとリアルなレースゲームだ」と言った。
 しかし…それは、大きな思い違い、井の中の蛙が井のなかで思い上がっているだけに過ぎなかった。そんな思い上がった発言ができたのも、すべては「所内」という幻影に踊らされていたからだ。路上教習は違う。まったく違う
 どう違うのか。

 「交通戦争」という言葉をご存知だろうか?
 交通事故により、毎年毎年戦争なみに死亡者が出ることから生まれた言葉である。
 そしてその「交通戦争」が起きている場所は、言うまでもなく道路

 つまり、道路は戦場である。

 いくつもの命がはかなく散ってゆく戦場。そこに教官と出撃する新兵…それが今の、俺の置かれている状況だ。何を大袈裟に…と思うかもしれないが、一瞬の判断ミスによって毎年おびただしい量の戦死者が出ているのはゆるぎない事実である。怖い。恐ろしい。ちょっとハンドルを切り間違えただけで、あそこを歩いている歩行者の命を簡単に奪うことができるのだ。もちろん自分の命だって。クレイジータクシーみたいに頑丈な世界ならよいのだがこれはゲームではない。

 さらに、時速50kmというスピードがその恐怖感に拍車をかける。
 速度があがるということは、それだけ1秒間に目に入ってくる風景の量が増えるということである。
 戦場には見るべきものがたくさんある。というか、見ていなければならないものがたくさんある。信号、標示、標識、歩行者、対向車、先行者先行車など…挙げればキリがない。それらの膨大な情報が、ものすごい速さで流れこんでくるのだ。俺のような新兵にとっては、古いモデムで高解像度のaviファイルをストリーム再生しているようなものだ。当然、処理落ちも出てくる。教官が隣りでブレーキを踏んでくれなければあっというまに殺人者になる自信アリ。この状況を恐怖と言わずしてなんと言うのか?
 きっとこの風景は、教官殿やベテランドライバーの方々には必要な情報だけを圧縮したファイルサイズの小さな動画に過ぎないんだろうな。

 やはり、道路は運転の神であふれているのだ。

 父者は「車に乗れ」と俺に言った。そのほうが家の仕事の都合上便利だと。
 路上に出るまで気にも留めなかったが、今ならわかる。アレは徴兵令、赤紙だったのだ。「俺の為に死ぬ覚悟ができているか」ということだったのだ。あの時、なんとなく承諾してしまったことが悔やまれてならない。このような戦場に放り出されるならば、なんとしてでも断っておくべきだったのだ。
 正直、もう戦場には行きたくない。だがもう遅い。今逃げ出せば、すでに振り込まれている学費を親に返さなければならない。もう後戻りは許されていないのだ。

第五章 ~戦場の恐怖~
 戦場に乗り出すだけでもこのだけの狼狽ぶりである。
 この状態で、所内でさんざん苦労した様々な操作を行わなければならない。所内ですらお手玉しきれなかったのに、路上ではお手玉の数は容赦なく増える。

 「次の交差点を右折」と教官殿が仰せになる。まず確認をする。そして合図を出す。再び確認をして中央寄りの車線に移る。信号を確認。減速してセカンドに落とす(半クラッチ必須)。対向車が多く、右折できなさそうなので交差点の中央付近で停車。ローに落とす。対向車の流れを確認。横断歩道を確認。信号を確認。再び対向車の流れを確認。来てない。右折開始(発進)。横断歩道に自転車。一時停止。やりすごしてまた発進。加速してセカンドに入れる…
 これだけの動作を短時間で行うのだ。一度に大量の処理を行うのでメモリの消費量が大きい。もっとも戦死者が出る戦場は「交差点」らしいがもっともな話だ。
 なお、今まで信号の意味を「青は進め」「黄色は注意」「赤は止まれ」だと勘違いしていたが、実際の戦場では、
 青は「気を抜けば死」
 黄色は「一瞬の判断を誤れば死」
 そして赤は「死」である。

 もうひとつやっかいなのが最高速度制限の存在である。
 ご存知の通り、道路には「ここは○○km/h以上の速度で運転してはいけません」という標示・標識がいたるところに存在する。そして、これを律儀に守ってる奴なんてほとんどいねぇ。運転して驚いたのだが、速度オーバーの奴が多いこと多いこと。普通に走ってるように見えるが、10km/hくらいのオーバーなら頻繁に見かける。死にてぇのかこいつら。ていうか俺なら死ぬ自信アリ。いやそんなことはいい。問題は、俺は定められた速度に従って走らなければならないということだ。
 前の奴についていったら速度オーバーになる可能性が高い。周囲に頼らず、自力で指定の速度を保たなければならない。「そんなの速度計見ればいいじゃん」とお思いだろう。あなたは何か忘れてはいないだろうか?
 俺のアクセルは未だに「加速」と「減速」しかない。「加速しよう」と思うと速度は際限なく上がっていき、速度計を見て「減速しなきゃ」と思うとこんどは際限なく下がっていく。つまり、かなりこまめに速度計を確認しなければならないのだ。

 動画処理でいっぱいいっぱいの俺のメモリに、速度計を監視し続けるというアプリケーションが常駐する。そして交差点が迫る。確認、合図、減速チェンジなどおびただしい量の処理が殺到する。そしてその結果…
 システムリソースが不足しています 
 落ちる。そして教官殿のブレーキ。ありがとう。今日も、誰も殺さずにすんだ…

第六章 ~戦場にて~
 俺はいつも通り戦場を駆け抜けていた。
 前の信号が赤になった。ブレーキを踏んで止まる。赤信号は好きだ。赤信号を見たらブレーキを踏めばいいのだから余計なことを考えなくて済む。メモリの消費量が少なくて済む。誰も殺さずに済む。
 そんなことを考えていると、左後方から原付が近づいていることに気がついた。赤信号なのでそのまま教習車の隣りで停止する。原付は見落としやすいので注意が必要だ。だがその原付は、また別の意味で注意が必要だった

 原付「よう、順ちゃん!
 教官「なんだ陽ちゃんじゃねぇか。どこ行くんだ?」
 原付「おらんとこでもうじき祭りがあるんだ(流暢なしぞーか弁)」

 なんと教官殿のお友達。
 しかも話に花が咲いていらっしゃられやがる。教官殿、もう青になるんですが。

 教官「おら今仕事中だから、またな」
 原付「ああ」

 仕事中だからって…見りゃわかるだろよ。ともかく信号はすでに青なので発進。そのまま交差点を直進した。こんなこともあるんだなぁと思ってしばらく運転を続けていたら、いつのまにか左折する交差点が見えてきていた。赤信号なので止まる。左折の時は、ミラーの死角にいる原付を巻き込む事故が起こりやすい。ミラーだけに頼らず、肉眼で左を確認するのが基本だ。とりあえず今のうちにミラーを確認…。

 原付「さっきの話の続きだけどよ

 ぎゃあああ!お友達!!いつの間に隣りに!ていうか教官殿また話し込んでるし!!仕事中でありますぞ教官殿!青信号でありますぞ教官殿!左折しますぞ教官殿!お友達巻き込んじゃいますぞ教官殿おおォ――!!


 教官の友達とはいえ、巻き込んだら犯罪ですよ。



 多くのドライバーのイライラの源となっている、「交通渋滞」。
 しかし、俺は渋滞が嫌いではない。むしろ好きだ。

 だってスピード出さないで済むんだもん
 こんな道路を10km/h以下で走っていたら「加速不良」の減点を喰らってしまうのだが、渋滞のときは堂々とそれができる。ゆっくりと流れる風景。教習車を追い抜いていく歩行者たち。最高だ。クラッチを踏み続けなければいけないのと、発進操作を何度もやらなければならないのがちょっと辛いが、高速で動画を処理するより万倍マシだ。ギアをローにいれて走っても文句いわれないし、加速してもセカンド止まりだ。なんてステキなんだ交通渋滞!
 正直、40km/hや50km/hなんて速度は俺には厳しすぎる。周囲に視線を向ける余裕なんてない。30km/h制限の標識をみると心がやすらぐ。人間には向き不向きがあるのだ。慣れろっつってもそう簡単に慣れてたまるか。親方の元であと五年くらい修行を積みたいくらいだっつーの。教習期間は九ヶ月しかないんだけどね

 そんなわけで渋滞する時間帯をねらって予約を取る俺
 というか今後はこの時間帯のみで行く方向で。

 だが甘かった。渋滞はそんなに甘いもんじゃなかったのだ。

 いつもより渋滞が激しく、もうすぐ教習所というところになってもまだ車の列が続いている。
 俺を含んだ車の列は、そのまま坂にさしかかる。
 そして始まる坂道発進の嵐


 予約は、できるだけ空いている時に取ろうね。

第七章 ~本免への道~
 路上教習から戻ってくると、突然教官殿が「次回からしばらく所内だから」と仰せになった。
 「方向変換」「縦列駐車」の出現である。
 だが、死亡の危険性がほぼ皆無の所内などは所詮ゲームにすぎない。またしても「あのポールと窓が重なったらハンドルをいっぱいまで切る」などという、このコースでしか通用しない技を編み出し、余裕でクリアしていった。
 次は再び路上に出て、様々な特別教習コースをクリアしていくことになる。

 まずは特別教習「商店街の通行」を何事もなくクリア。
 だって定休日の水曜、しかも朝を狙って予約取ったんだもん
 当日は雨まで降るというオマケつき。人も車もいやしねえ。通常ならここで縦列駐車でもやるんだろうが、普通に寄せて駐車するだけで終了した。ゐゑ~ゐ。

 次に「山道の通行」をクリア。
 道路は一本道。坂やカーブの連続で走りにくいがそれだけである。またしても朝を狙って予約を取ったので対向車もほとんどゼロで楽チン。

 そして「高速道路の通行」を余裕クリア。
 東名集中工事につきシミュレーターで。

 その後「危険予測ディスカッション」をクリア。
 「危険予測ディスカッション」とは、まず他の教習生の運転を見て、その後様々な話しあいをする項目である。普通は三人一組でやるらしいが、ちょうど人数が少ない時期だったので二人一組でやることになった。なにより嬉しかったのは、相手の人がオートマ免許の人だったことだ。ひさしぶりにオートマに乗れた。

 これはすごい。

 第一段階で乗った時は、ただ単に「クラッチがなくて楽チン」ぐらいの認識しかなかった。いやそれでもかなりの衝撃だったのだが。初めてオートマで路上に出ると、そこには全く違う世界が広がっていた。クラッチがない。ギアもほとんど変えなくていい。いままで俺のリソースの大半を喰い続けていたアプリが一気にメモリを開放する。そのメモリは自然に周囲の確認にまわされる。そして俺は叫ぶ。
 「見える!わたしにも敵が見えるぞ!!(むろん心の中で)」

 オートマ車とは、半クラッチという神の仕事をなんなくこなす恐ろしい機械だ。
 だが免許はマニュアルで取らなければならない。まったく悲しいことだ。

 最後に残るは「みきわめ」。
 これのハンコをもらえば、土曜日の卒業検定を受けられる!そしてそれに合格すれば、もうニ度と運転なんかしなくて済むのだ!!ええいうるさい、本末転倒は承知の上だ!今は免許を取ることが目的であって、運転するのは目的ではないのだ!親が何といおうと、俺のせいで誰かが死ぬのは御免なんだ!!ていうか絶対親も後悔してるハズだ!!
 いつもより気合を入れて運転したせいか、この日はめずらしく教官殿のブレーキのお世話にならなかった。試験のとき踏まれたら即失格なんだけどねアハハ。教官殿も笑顔でハンコを押して一言、

 「次はみきわめだから頑張ってね」

 ……。
 な、なぜ…?

 「君は高速教習(三時間)をシミュレーター(二時間)で受けてるから、一時間多く乗るんだよ」

 も、もう一度戦場に行けとおっしゃられはりますか…(微泣)

 こうして一週間後にみきわめを受けた俺だったが、教官に「お前クラッチの踏み方違うぞ」と衝撃的な告白をされてしまった。アレ?今仮免のみきわめだっけか?…ていうかそういう大事な話はもっと早く言って下さい…。もう8ヶ月もこれでやってるんですから体に染み付いて離れません。

 しかもそんな致命的な弱点があるのにハンコ押さないで下さい

第八章 ~路上検定~
 いよいよ路上検定、これに合格すれば卒業だ。
 長かった。本当に長かった。教習期間があと二週間しか残らないくらい長かった
 教官殿は「緊張してつまらないミスをしないように」と仰せになるが、何を言うか。俺に限ってその心配はないぜ。なぜなら路上に出るときはいつも緊張でガチガチだからです

 いよいよ路上検定開始である。
 いままで何度も走ってきたルートを順調に進む俺。次の交差点を右折するため進路変更を行わなければならない。十分な加速のあと確認・合図を忘れずに、速やかに進路変更を行う。これは上手くいった。しかし、このときすでに俺の注意力は30000程度まで落ちていたのだ(普段は65536前後)。
 注意力が30000になった俺は歩行者信号が赤になっているのに気づかなかった。当然、直後に目の前の信号は黄色に変わる。すでに減速チェンジの動作をとりつつあった俺だが、それは目の端で捕らえることができた。しかし、その信号は時差式だった。こちらが赤でも向かいは青だったりする不可解極まる信号機。時差式ってなんだ。黄信号ってなんだ。今黄信号なら次はなんなんだ。そして。

 システムリソースが不足しています 

 落ちた。教官殿がブレーキを踏む。試験終了。ありがとう…今日も、誰も殺さずにすんだ…
 冷静に考えれば時差式だろうがなんだろうが黄信号の次は赤信号である。そんなことは判っている。しかし、運転中…特に交差点にさしかかるところでは俺のメモリには1%の余裕すらない。信号が黄色になりそうな時、進むのが安全か止まるのが安全か、そんな処理をさせればいとも簡単に落ちる。
 さらに、「ギアチェンジのときにチェンジレバーを見ている」との指摘を頂いた。わき見運転で減点の対象になるらしい。当方一度たりとも見た記憶がないのですが。つまり完全に癖。クラッチと同じく染み付いているらしい。…ていうかそういう大事な話はもっと早く言って下さい…。いまからでは改善が間に合いません…。

 その後、日を改めて一時間の補習を受けた。
 俺はチェンジレバーを見ないように頑張った。意識してみると確かに俺にはレバーを見る癖がある。だが、「見ないように意識する」というアプリと「現在どの位置にレバーが入っているかを管理する」というアプリが常駐してしまうのが致命的なのでやめた。そんな余裕があればとっくに卒業してるっつーの。

 そして二度目の卒業検定。
 途中、絶対サクラだコイツって感じのタイミングで出現した自転車オバサンにあせったが、こういうときはとにかく止まるのが一番。教官にブレーキを踏まれるまえに自分で踏めばいいのだ。その他は何事もなく終了。特に黄信号に一度も遭わなかったのでよかったです。
 全て終わったあと教官殿がアドバイスをくれる。
 「君はギアチェンジのときにチェンジレバーを見るね。
 嗚呼やっぱり。

 正直、合格は微妙と思っていたが、結果は無事合格
 教習期間あと8日という土俵際の卒業だった。
 まあ卒業は卒業、これでもう二度と戦地に赴かなくても済むのだ。生き延びることができたのだ。誰も殺さずに済むのだ。よかった。本当によかった。

おわりに
 もし、これを読んでいるあなたが免許を取ろうと考えている、もしくは将来的に免許をとる予定のあるのならば、少し考えてみていただきたい。
 あなたは何のために運転をするのか?
 あなたはそれのために命を投げ打つ覚悟はあるか?

 車の運転というのは遊びではない。「親に言われたから」「みんな取るものだから」などという消極的な理由で運転を志してはいけない。断じていけない。俺のようになる
 免許をとりにゆくなら、確固たる動機をもって望んでいただきたい…老婆心ながら、それだけお伝えしておきたい。
 そして、現在マニュアル車をバリバリ運転しているドライバーの皆さんへ。あなたはすごいです。尊敬します。

 では、最後まで読んでくれて本当にありがとう。