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◆激突!車学伝説 前編◆

~Crash!! The driving school legend~

※注 たぶん激突はしません。 

序章
 それは、まだ肌寒い3月のなかばのことであった。
 地元の大学に合格が決まったばかりの俺は、辛い受験生活からの開放感を存分に味わっていた。あと面倒なことは入学手続きをすることくらいだ。まさしく人生最大の開放的な日々であった。
 しかし、平和は長くは続かなかった。
 ある日の夜、突然俺は父者に呼び出された。
 普段と違う父者の様子に若干の戸惑いを隠せない俺に対して、父者はいきなり本題から入ってきた。
 「車に乗れ。
 「…え?」
 「免許を取れ。
 正直、いきなりそんなことをいわれても返答に窮するだけである。しかし、「今免許をとるなら自動車学校の費用は全てこちらで負担するし、無事免許をとれたあかつきには原付も買ってやろう」という申し出に惹かれ、俺はそれをOKしてしまった。
 するとすかさず母者が「家にはオートマ車がないから、もちろんマニュアルの免許をとって頂戴。」といい、父者は「バカいえ。オートマを運転するのに免許なんかいるか」と豪語する。そりゃ違うだろよ、父者。
 ともかくこうして、3月14日、俺はなんとなく自動車学校に通うことになったのである。
 しかし俺は知らなかった。車を運転するということが何を意味するのかを。
 そして両親もまた忘れていた。自分たちの息子が極度の不器用であることを

第一章 ~発進~
 3月17日、俺の車学生活が始まった。
 簡単なシミュレーターで基本操作を学習したものの、やはりいきなり実車に乗るのには及び腰だ。最初は学科から攻略していくことにした。
 とはいえ、つい最近まで受験生だった俺にとって、それらの学科は恐ろしく楽チンなものであった。あっという間に終わる授業時間。10個ある第一段階の学科の欄は、あっというまにハンコで埋まっていった。
 学科があと1時間となったころ、ようやく俺は重い腰をあげることにした。4月に入り、さすがに予約も取りやすくなっていることもそれに拍車をかける形となっていた。
 まず教官殿が、シミュレーターでやったとおりに発進してみせよと仰せになる。
 かなりうろ覚えだが、ちゃんと発進の手順を踏んでいった。そしていよいよ発進…
 …
 ……
 …しない。エンストである。ちなみにエンストとはEngine Stallの略だと知ったがそれどころではない
 教官殿曰く、半クラッチが出来てない、とのことである。半クラッチというのはよーするに、クラッチペダルを微妙な感じで踏んで、アクセルのパワーを微妙にエンジンに伝え、微妙な感じの発進を実現する微妙な感じの技である。1か0かしかないディジタル世界ではまずありえないファジィな技なのだ。まさに神の手によるバランスによって、クラッチを1と0の狭間に停滞させなせればならない。きっと、外でマニュアル車を平然と運転している人々は現人神様に違いない。そうだ道路は運転の神であふれているのだ。
 1から0に至るまでに存在する一瞬の半クラッチ状態を利用して、なんとか発進を試みる俺だったが、まだ発進には至らなかった。教官殿によると「アクセルのパワーが足りない」との事である。アクセルが足りないため、せっかく半クラッチができても発進に至らず、エンストしてしまうのだ。ここで俺はアクセルを強めに踏んでみたが、すごい空ぶかしになってしまった。どうやら俺はクラッチのみならず、アクセルすらディジタルの世界にいるらしい。  結局、「発進」とは、

  1)神の左足によるバランスで、半クラッチを実現する。
  2)神の右足によるバランスで、適量のアクセルを与える。

 という困難極まる作業である、という結論が導き出された。
 1)はまず不可能であったので、1から0に至るまでに存在する一瞬の半クラッチ状態を利用していくことに決定。2)は若干のずれがあってもなんとか発進はできるため、ちょっと強めくらいでなんとかする方向で。
 いきなり様々な難関にぶつかった俺。beatmaniaに例えるなら初めて選んだ曲「Do you love me?」で階段配置にあせって死、という感じだ(わからない人には全くわからない例え)

第ニ章 ~挫折~
 第一章が「発進」、第二章が「挫折」。なんだか先が思いやられるな。
 いろいろ不安だがなんとか発進が出来るようになり、ギアチェンジ、加速減速、進路変更、右左折と順調にクリアしていく俺。一つ一つやっていけばなんにも難しいことはなかった。だが、突然そんな俺の前に強大な敵が立ちふさがったのだ。

 奴の名は「坂道発進」

 精巧な半クラッチを必要とする高等技術だ。これは厳しい。beatmaniaに例えるなら慣れてきたころ「SKA a go go」の滝のような譜面を見て「こんなんクリアできねぇよ!!」と筐体を叩いている感じだ(またしてもわからない人には全くわからない例え)。クリアできるようになっても油断するとすぐ失敗するあたりなんかも含めて。
 なかなかうまくいかない俺に教官殿がアドバイスをくださった。

 「ゆっくりやってみろ。サイドブレーキを引いたらまずアクセルを多めに踏め。で、ゆっくり半クラッチにしろ。そしたらサイドブレーキを下ろせ。」

 無理です教官殿。ためしに一つづつやって見せようではないか。
 まずアクセルを多めに踏む。踏むまではいいが、どうしたことかどんどんエンジンの回転数があがっていく。これはいかんとアクセルをゆるめると、こんどはぐんぐん回転数が下がってゆく。以下繰り返し。どうやら俺のディジタルなアクセルワークは、「加速」と「減速」の二種類のみで構成されているようだ。
 いつまでもメーターとにらめっこしていても仕方がない。万が一アクセルが理想の位置で停滞したと仮定しよう。次に待っているのはクラッチである。第一章で述べたとおり、俺の半クラッチは一瞬しか存在しない。否できない。教官殿の仰せになった「ゆっくりやってみろ」というアドバイスはまさに致命的なのだ。この二重の障壁を突破するのは困難を極める。
 以上により、ゆっくりやってみるという案は却下したいのだが仕方なく従う。その時は、幾度ものコンティニューの果てに運良くクリアできた感じだった。まあよい。次回もう一度チャレンジだ。強敵の出現にイヤイヤ闘志を燃やす俺。
 しかし、悲劇は突然やってきた。

 …学生証をなくしてニ週間予約が取れなかったのだ。

 すいませんこれはただのうっかり話です。
 プリンセス天功のイリュージョンの仕業ということにしてたらニ週間後にポロっと出てきました。

 …だがその直後に風邪をこじらせてしまった。

 大学の講義もあるので車学に通える日は限られている。そこを風邪で逃すと一週間丸ごと車に乗れないことになってしまうのだ。

 …その後、テニスやってたら左足首に全治四週間の捻挫。

 トドメの一撃。
 この紛失→風邪→捻挫のコンボで、合計二ヶ月ほど車学に通えなかった。なにかこう、運命的な何かが強大な力をもって俺を免許から引き離そうとしているような、そんな気にすらなった。ともかくこの休校によって完全に俺の左足はクラッチの踏み方を忘れてしまった。しかもようやく左足のサポーターも取れて車に乗れるようになったと思ったら教官曰く、
 「今日はオートマ教習をやります」

 左足使わねぇ…。(微泣)

第三章 ~仮免への道~
 運命に弄ばれ坂道発進のハンコをいただくのに二ヶ月もかかってしまった俺
 季節はいつしか夏らしくなり、俺もいいかげん教習所内での運転にはかなり慣れてきていた。
 難度が高いとされているクランク・S字カーブも何度かチャレンジしたら確実にクリアできるようになった。所詮、運転なんてちょっとリアルなレースゲームだ。「車の角とカーブのラインが重なったらハンドルを切る」など、まさにこの所内でしか通用しない技を次々と編み出し、俺はあっという間に第一段階のハンコをうめていった。学科はまだ一個空いたままだったがまあ順調に仮免に向かっていたといえるだろう。
 だが、徐々に教官殿のチェックは厳しくなってくる。試験は減点制である。特に発進、右左折、進路変更の時の確認動作は厳しくチェックされる。確認→合図→確認→動作の流れを意識しないと、あっというまに減点されてしまう。コレを意識しだしたとたんに操作は若干の複雑さを帯びてきた。
 たとえば、左折する交差点に差し掛かったとしよう。まず確認動作をとる。次に合図を出し、再び確認動作をとる。そして道路の左側に寄せる。同時進行でブレーキと減速チェンジ(当然半クラッチを伴う)を行い、また確認をして道路に沿って左折する。この全ての動作をすばやく行わなければならない。

 あなたはお手玉が出来るだろうか?1つ2つのお手玉をジャグリングするのは誰だって簡単に出来るだろう。だが3つはどうだろう?何人の人が4つでも出来ると言い切れるだろうか?これをスムースに行うにはかなりの卓越した技術が必要である。

 とにかく一番の問題は減速チェンジである。セカンドに落としてからハンドルを切らねばならないのだが、速度が速いとセカンドに落とすことができない。どのくらい減速すればセカンドに落とせるのか、その辺の感覚は未だつかめないでいるので、何度もムリヤリチェンジしようとして注意された。今度は速度を落としてからチェンジしようと思ったら左折に間に合わず。ならばと、早めに減速を始めたら左折の途中で止まっちゃった。なにくそ今度こそどうだと思ったら今度は確認を忘れました。ああ!もう!なんだよコレ!!というか一緒に乗ってる教官殿が一番「なんだよコイツ!!」って思っている可能性大。早くも運転の難しさを垣間見た心境であった。

 忘れてはいけないのが学科である。
 あわてて残った一時間を履修し、さっそく練習問題を受けてみる。あらかじめここで合格点を取っておかないと本番(仮免検定)を受けられない。問題は、日本語の裏をつくようないやらしい出し方をしてくるが、慣れれば奴らのひっかけにはかからなくなる。
 しかし。
 「追い抜き・追い越し」に関する問題には注意が必要である。
 なぜなら。
 奴らは「先行車」やら「歩行者」などといった単語を連発してくるからである!!
 ここでアイツを連想したらオシマイである。アイツの幻影と戦っているうちにうっかり間違った選択肢を選んでいた、などという悲しい結末が待っている。アイツの幻影に勝たねば、合格はない。

 そして7月最後の日、俺はようやく仮免検定までたどり着いた。
 検定のコースには、進路変更・右左折・クランク・S字・坂道発進などが含まれている。坂道発進は全神経を研ぎ澄ませばなんとかクリアできる程度だが、難関とされるクランク・S字を確実に攻略できることが大きな自信につながっていたような気がする。
 検定終了直後に教官殿が「ギアチェンジは落ち着いてやれ」と仰せになったので若干不安だったが、結局俺は何事もなく仮免許を手にすることができた。
 そして俺は仮免許を手に、いよいよ教習所外に乗り出すことになるのである…。

後編へ続く