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◆不定期日記ログ◆

■2006-12-18
今いくよゆくよ
 「行く」の読み方は「いく」なのか「ゆく」なのか?
 普段たいして気にも留めないが、どちらが正しいのかを決めるとなると困り果てる。

 小学校の国語教科書を参照すると、「行」という漢字はまず「いく」の読みを習う。
 しかし国語辞典で「いく」を調べると、「ゆく」へ飛ばされる。
 「いく」が慣用で、「ゆく」のほうが正式なのか?
 たしかに「ゆく」のほうがカッコイイというか詩的文学的な響きがある。
 我はゆく。さらば昴よ。

 とりあえず広辞苑を参照すると、「いく」と「ゆく」は奈良平安の時代から併存していたということが書いてある。どうやらどっちが古いとか正しいとか古式ゆかしいとかそういう問題ではないらしい。

 しかしこの二つ、完全にコンパチなわけではなく、どちらかしか使えない文脈がある。
 「ゆくてをはばむ」とか「ゆくゆくは」なんてのは「ゆく」しか使えないし、
 「たいぶ歳がいってる」とか「~とまではいかないが」なんてのは「いく」の文脈だ。
 というか「いく」は「いった」にできるが「ゆく」は「ゆった」にはできない。
 そう考えるとどうも「ゆく」の正当さが怪しく思えてきた。

 漢字テストや作文で「言う」のことを「ゆう」と書いたらバツだ。
 実際の発音ではしばしば「ゆう」になるので、子どもはかなり間違うらしい。ここは国語では徹底的に指導する。
 だが「ゆく」をカッコイイと思うならば、「ゆう」も容認してやるくらいの気概を持たねばダブルスタンダードではないのか?

 よく考えたら「良い」も「よい」と「いい」が併存する。
 こちらも「いく」と同じく、ア行のほうが口語的という認識だ。
 だが漢字で書いた場合はたいてい「よい」と読むので、「いい」が「良い」の中から独立戦争を仕掛けたような状態だろうか。

 ヤ行とア行の分離独立が進む「良い」
 ヤ行とア行のにらみ合いが続く「行く」
 完全にア行の支配下となった「言う」

 冒頭のつまらない疑問から、意外な領土問題に発展した。
 とりあえず「ゆう」が逆転勝訴を勝ち取るかどうか、静観したい。