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以下の記事へのツッコミです
■2005-02-23 : 「ゲーム」が悪い?
時事ネタはスルーするのがいつもの姿勢だが、たまには日記らしく、その時思ったことをそのまま記録してみるのも良かろうなのだ。
時事ネタというのは他でもない、大阪で、小学校に侵入した卒業生が教師を刺し殺した事件のことである。
いまさら僕が何か書くまでもなく、様々な人が様々な場で意見を書いたり言ったりしている話だが、今日は真面目にこの話題で日記を書いてみる。
なぜ人々は殺人の動機などを理解したがるのか。そんなもの当人以外にわかりはしないのに、人々は納得できる動機を見つけ安心したがる…そんなような事が森博嗣のミステリに書いてあった。
今回の事件では、犯人の趣味の一つがテレビゲームであったことから、これまでの例に漏れず、さかんにテレビゲームの危険性が話題に上がっている。テレビゲームは僕もご多分にもれず詳しいですからね…この話題は日本の若者なら「もうあきたよ」というものです(花京院風に)。
とりあえず巷で散々ダメ出しされているトンデモ学説などは、いまさら僕が語るような余地は残されていないと思う。
しかし、そういった類の話で頻出する「ゲームが青少年に悪影響を与える」というくだりであるが、これはその通りだと思う。僕は中学生のころ「MOTHER2」に出会って涙を流すほど感動したし、最近のリメイクでも感動した。ゲームが感動を与えることがある、ということを体験している僕としては、逆に悪影響も与えうるであろう事は否定できない。
もっとも、ゲームに影響されて殺人を犯すような人格を持つ者は、刑事ドラマを見ていてもニュースを見ていても犯罪に走るような気がするが、これを裏付けるデータを取るのは困難そうなので主張しないでおく。
では何が不平で真面目に日記なんて書いているかというと、「ゲーム」を「ゲーム」としてひとくくりに語ることなのである。
実際のところ、ゲームが青少年へ及ぼす影響について研究している方々は色々区別しているのだろう。しかし、メディアに跳梁跋扈するゲーム危険論に、どうしても「ゲームというもの」が危険であるかのようなアピールが感じられるのが個人的に気に食わない。
結論に至るまでの解説は色々あろうが、その結論で「ゲームが危険」と単純にアピールした場合、そこには「グランドセフトオート」も「ことばのパズルもじぴったん」も「どこでもいっしょ」も違いはない。例えばスプラッタ映画マニアが事件を起こしたとして(スプラッタ映画ファンには非常に申し訳ないが、例えなので堪忍してほしい)、その時に純愛映画も宮崎アニメも一緒くたにして「映画は危険」などという浅はかな説が大衆に受け入れられるはずがない。単純に「ゲームが悪影響を与える」とアピールするのはそういうことではないのか。
様々なゲームの中のどんな要素が悪影響を与えうるのか、そこを調べてる人が(多分)いるのだから、メディアはそれを正確に伝えるべきだと思うし、まだ正確でないのなら騒ぐべきでないのがスジではなかろうか。ここをしっかりしないと、メディアに扱われるこの類の話が詭弁の域を出ることはないように思う。
とはいえ営利主義のマスコミにそれは期待できまい。多くの人々は「理解できないゲームというモノが動機」となれば納得し、安心を得るのだから。僕も奈良県の幼女誘拐で「理解できない嗜好のせい」として安心を得たフシがあるから、それは理解できる。ペドフィリアは純粋に犯罪なので単純にゲームと比較してはいけないが、多くの人にとって理解できないものということで例に出させていただいた。
そういう点で、NHKは比較的おとなしい報道をするので、昔から個人的に好印象である。受信料はしっかり払うからとっとと不祥事をキレイに片付けてほしい。
以上、真面目な日記終わり。次回は不真面目な日記にしてバランスを取ります。
時事ネタというのは他でもない、大阪で、小学校に侵入した卒業生が教師を刺し殺した事件のことである。
いまさら僕が何か書くまでもなく、様々な人が様々な場で意見を書いたり言ったりしている話だが、今日は真面目にこの話題で日記を書いてみる。
なぜ人々は殺人の動機などを理解したがるのか。そんなもの当人以外にわかりはしないのに、人々は納得できる動機を見つけ安心したがる…そんなような事が森博嗣のミステリに書いてあった。
今回の事件では、犯人の趣味の一つがテレビゲームであったことから、これまでの例に漏れず、さかんにテレビゲームの危険性が話題に上がっている。テレビゲームは僕もご多分にもれず詳しいですからね…この話題は日本の若者なら「もうあきたよ」というものです(花京院風に)。
とりあえず巷で散々ダメ出しされているトンデモ学説などは、いまさら僕が語るような余地は残されていないと思う。
しかし、そういった類の話で頻出する「ゲームが青少年に悪影響を与える」というくだりであるが、これはその通りだと思う。僕は中学生のころ「MOTHER2」に出会って涙を流すほど感動したし、最近のリメイクでも感動した。ゲームが感動を与えることがある、ということを体験している僕としては、逆に悪影響も与えうるであろう事は否定できない。
もっとも、ゲームに影響されて殺人を犯すような人格を持つ者は、刑事ドラマを見ていてもニュースを見ていても犯罪に走るような気がするが、これを裏付けるデータを取るのは困難そうなので主張しないでおく。
では何が不平で真面目に日記なんて書いているかというと、「ゲーム」を「ゲーム」としてひとくくりに語ることなのである。
実際のところ、ゲームが青少年へ及ぼす影響について研究している方々は色々区別しているのだろう。しかし、メディアに跳梁跋扈するゲーム危険論に、どうしても「ゲームというもの」が危険であるかのようなアピールが感じられるのが個人的に気に食わない。
結論に至るまでの解説は色々あろうが、その結論で「ゲームが危険」と単純にアピールした場合、そこには「グランドセフトオート」も「ことばのパズルもじぴったん」も「どこでもいっしょ」も違いはない。例えばスプラッタ映画マニアが事件を起こしたとして(スプラッタ映画ファンには非常に申し訳ないが、例えなので堪忍してほしい)、その時に純愛映画も宮崎アニメも一緒くたにして「映画は危険」などという浅はかな説が大衆に受け入れられるはずがない。単純に「ゲームが悪影響を与える」とアピールするのはそういうことではないのか。
様々なゲームの中のどんな要素が悪影響を与えうるのか、そこを調べてる人が(多分)いるのだから、メディアはそれを正確に伝えるべきだと思うし、まだ正確でないのなら騒ぐべきでないのがスジではなかろうか。ここをしっかりしないと、メディアに扱われるこの類の話が詭弁の域を出ることはないように思う。
とはいえ営利主義のマスコミにそれは期待できまい。多くの人々は「理解できないゲームというモノが動機」となれば納得し、安心を得るのだから。僕も奈良県の幼女誘拐で「理解できない嗜好のせい」として安心を得たフシがあるから、それは理解できる。ペドフィリアは純粋に犯罪なので単純にゲームと比較してはいけないが、多くの人にとって理解できないものということで例に出させていただいた。
そういう点で、NHKは比較的おとなしい報道をするので、昔から個人的に好印象である。受信料はしっかり払うからとっとと不祥事をキレイに片付けてほしい。
以上、真面目な日記終わり。次回は不真面目な日記にしてバランスを取ります。