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生きもの地球奇行・台北記
■巻第一 手羽先台湾に初渡航の事
ひょんなことから4日間の休みが手に入った。
滅多にないことなので、僕はこの機を逃さず、10年で作ったパスポートを腐らせないよう、手近な海外旅行を計画した。
……計画は台湾渡航4回目のあんどうくんが全部やってくれた。
航空会社はチャイナエアライン。
座席のモニタをいじって、音楽や映画のリストを見てみる。
日本語表示も可能だが、翻訳が自動翻訳らしく、なかなかおもしろいことになっている。
近畿キッズ
Kのアルバム
近畿キッズは才能機関ジョニー&アソシエイツで堂本光一と堂本剛から成る日本のデュオです。メンバーは同じ姓、お互いに彼らが持っているだけの関係を共有しますがです近畿から、彼らは両方の雹、それ故にデュオの名前。
「近畿キッズ」という表記も味わい深いが、なにより
「才能機関ジョニー&アソシエイツ」にやられた。
桃園国際空港で我々を出迎えてくれたサイコ野郎。
チャイナエアラインの機内食が胃にあわず、飛行機酔いをおこしていた僕のメンタルに追い打ちをかけてくれた。
ぱっと通っただけでこの3種類がいたんだけど、もれなく狂気があふれ出ている。
誰だよこんなとこでグルグル失敗したやつは……!
とりあえず、当面の資金を両替する。100円がだいたい38元。
台湾のお金は、値札とかでは「元」と書かれていることが多いが、中国の人民元とは関係ない。銀行ではニュータイワンドルと称する。そして肝心のお金には「圓(円)」と書かれている。
日本政府は中国様に配慮して、公的には台湾を中国の一部として扱っている。そのため社会科のテストなどで台湾が選択肢に入っているときは、「次の国と地域の名前を書きなさい」としなければならない。お金をはじめとするこういうややこしさが、今の台湾の微妙な立ち位置を示しているのだ。
空港からはバス。行き先を漢字で書いて見せるとだいたい通じる。
フランスやイタリアのときは、ガッツで拙い英単語をつむいでコミュニケーションを図ったものだが、どうも同じアジア人に対して英語でのカンバセーションを試みるのは恥ずかしい感じがする。
この旅では最後まで英語脳に切り替わることはなかった。
というか半端な英語より日本語のほうが通じてしまうのでマジでイージーモード。
バスの車内に取り付けられた非常用ハンマーに「車窓撃破装置」と旧字体で書かれていた。
撃破装置……なんて強い意志を感じる言葉なんだ。
なにより旧字体がすごい迫力を醸し出している。
めちゃくちゃに漢字を略してしまった中国に対して「ヘタレたなぁ」と思っていたけど、台湾の人から見れば日本の漢字も随分ヘタレてしまっているのだろう。
同じ文字を使っていたはずなのにどうしてこうなったのか。台湾……いや臺灣の漢字を見ていると、なんだか生き別れの兄と再会したような気持ちになる。
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滞在先は世界10大ホテルという評判を受けている圓山大飯店。
うわー……12000円ちょっとの宿泊費でこのセレブリティ、ちょっとないわー。
フロントのお姉さんにずうずうしく日本語で話しかけ、チェックインを済ませた。
さて、この宿泊費には夕食も朝食も含まれていない。
さっそく食べるものを探しに、夜の街へ繰り出す我々であった。
■巻第二 夜市にて珍珠奶茶を喫する事
ホテルに荷物を置いて、さっそく夕食を調達しに出かける。
夜だってのに気温は30度前後、この蒸し暑さは日本の熱帯夜の感覚だ。
向かったのは士林観光夜市。
圓山大飯店からは近い割に微妙にアクセスが悪く、まあ1km弱なら歩くわ!と徒歩で参上。
素直にタクシー使えばいい距離だった。
駅前からぎっしりと屋台が連なる観光夜市。
食べ物だけでなく、雑貨や射的ゲームなんかも出ていて、熱帯夜の熱気と相まって完全に夏祭りの様相を呈している。
「……これ毎晩やってんの?」「やってます」
写真の屋台ではイカを焼いていた。
夏祭りの屋台にありがちなー……と思ったら、カットいかよっちゃんくらいのサイズに細かくされていて、かつシナモンのパウダーがかかっていた。シナモンじゃなくて八角だろうけど似たような風味なのでいいや。
そして至る所にある臭豆腐の屋台。なんかこう、じわーっと臭い。さすがに手を出す気にはならなかった。アラバスター単位によると臭豆腐の臭さは420Auで、納豆の452Auより臭くないらしい。絶対嘘だ。
夜市の雰囲気は本当に日本の夏祭りなのに、ときどきこういうスパイスが異国を感じさせる。
「……で、これ毎晩やってんの?」「やってます」
地下にフードコートがあった。フード……コート……?
せっかくなので本場のタピオカミルクティーを購入して飲んでみた。やはり本場はコクが違う……ということもなく、普通においしく頂けた。ただ、容器がでかい。トールサイズ余裕で越えてる。100円~150円くらいなのになんだこの量。お得すぎるだろ。
そんなことを思いつつ容器を眺めると、どうやら何かキャラクターものの絵がついていた……らしかったことに気付いた。過去形なのは、屋台のお姉さんの手によって無惨にもキャラクターの顔面が粉砕されていたからだ。お姉さん……なぜここをピンポイントで狙ったのですか……。
帰り道、セブンイレブンに寄った。
レジの前にはおでんが煮えていて
「関東煮」と書かれていた。
奥の方には、日本の製品がローカライズすらされずに売られている。
これだけ日本語のパッケージが並んでいたら、間違った日本語表記も減りそうなもんなんだが……。
ポッキー剽窃戦争。おいロッテ、おまえ日本でも同じ事言えんの?
いくつか面白そうなものを買ってレジに並ぶ。
と、明るい店内に一匹の虫が飛来。
前に並んでいるお姉さんの肩に着地したがお姉さんは気づいていない。
まあ夏場ならよくある事……
……ってこいつ
ゴキブリだよお姉さんー!!
それはゴキというにはあまりにも大きすぎた
大きく、茶色く、重く、そして精巧すぎた
それはまさに「昆虫」だった
田舎育ちの僕ですら引いたが、お姉さんはたいしたパニックにもならずに、そいつを払いのけた。
あれは本当にゴキブリだったんだろうか……。
南国の恐ろしさを思い知りつつ、ホテルへ戻った。徒歩で。
■巻第三 西門町にて赫特潘兹購入の事
二日目、天気くもり。
我々は遅めの朝食を取るべく、小籠包のお店に向かった。
電車を使うつもりだったけど、安そうなのでタクシーにしてみた。
実際、5km程度なら600円くらいで行けてしまう。なんだよ600円て、それ初乗り運賃じゃん。
ガイドブックに載っているお店の住所を運ちゃんに見せてゴーだ。
小籠包のお店は、時間も時間なので空いていた。たくさん肉まんのようなものが用意されていたけどコレが縮んで小籠包になるわけじゃない……よな?
チャーハンと小籠包、それからスープを注文したが、我々の感覚で4人前くらいの量が出てきたので焦った。
小籠包だけでお腹いっぱいってレベル。
チャーハンの味つけは日本の中華料理屋とあまり変わらない。
小籠包はあんなに汁がじゅわーっと出てくるものだとは思わなかった。
その後、駅に向かって歩き始めた我々だったが、なぜか僕は自信満々に逆方向に歩き始めた。
地図と、ランドマークである台北101の位置を確認し、南北の感覚が逆だったことに気づく。
しかし一度広がった脳内地図の南北がどうしてもひっくりかえらない。
結局いまでも、アタマの中の地図は南北が逆のままだ。
台北は原付の街だ。誰も彼も原付に乗っている。
バスに乗っていると、信号待ちで四方を原付に囲まれてるなんてことがザラ。
息子・父・娘・母の四人が一台のスクーターに乗ってる、なんてのも見た。
一瞬しか見られなかったがアレはどうやって乗ってたんだろう……とくに母。
台湾のSuica、悠遊卡を使って地下鉄に乗る。
デポジットとして100元とられるが、一部のお店やタクシーでも使えるので買った。
ちなみに帰国の際、預り金はどうやって払い戻すのかわからなかったので、チップ代わりにホテルに置き去りにしてきてしまった。
今日のメイン目的地は西門町。歩行者天国で、渋谷とか原宿みたいな雰囲気の、若者の街だ。
だがそんな街中にも、シナモン風味のなめたけのラーメンみたいなものを売っているお店が溶け込んでいたりするので、やはり台湾だなあと実感。
いいのかなこんな歩道にイス出して食べて。隣のお店が出してる紳士服につゆが飛ばない?
とりあえず、マックでマックシェイクを飲みながら作戦を立てる。
台湾のお店はどこも冷房がスゴイ。外に出ると眼鏡が曇るレベル。
とにかく暑いので、あんどうくんはジーンズをやめショーパンを買う決意をした。
ここにはアメ横めいた安いお店がたくさんある。
「ここでそうびしていくかい?」みたいなことなら簡単にできそうだ。
良さ気なモノがあるお店を見つけ、サイズを確認していると、ギャルっぽい店員さんが「シチャク・シマスカ?」みたいな感じで話しかけてきた。カタコトでも日本語がわかるなら話が早い。さっそくあんどうくんは試着室へ入った。
ショーパンを装備して出てくると、店員さんは自分が知っている日本語であんどうくんを誉める。
「カワイイ!
ヤセスギデスー!」
……僕らは代金を払ってお店を出た。
「ヤセスギデスって言ったよな……」
「褒め言葉なんでしょうね……」
気にしない事にした。
■巻第四 阿宅文化見聞の事
西門町で次に我々が向かったのは、
萬年商業大樓。
萬年……?エターナル・トレード・ビルディング?
入ると、小さいながらブランドショップなどがあり、一見デパートのような感じ。だが2階に上ると、電気製品系の小さな店舗がドンキホーテなみに林立するカオスな空間が広がっている。なんだよスマフォ充電屋って……。日本のフィギュアやプラモを扱う店もギッシリと並んでおり、まさに「台北のオタクビル」の名にふさわしい場所だった。
ここの5階はゲームセンターになっている。
わりと音楽ゲームが多めで、完全に日本のゲーセンと同じ雰囲気。ほとんどが日本のゲームで、ローカライズすらされずに堂々と日本語で営業していた。さすがにビシバシチャンプは中国語だった。説明!
音ゲーに限ると、jubeatとリフレクが2台ずつ並んで置いてあり、でかいギターとドラム、それにIIDXとDDRとポップンまでひと通り揃っていた。パラパラパラダイスまで置いてあった。あんどうくんによると「台湾人のパラパラはスゴイ」らしい。プレイヤーがいなかったのが残念だ。
試しにjubeatをやってみようと思ったら、コイン4枚と書いてある。いくらだ?と思ったが、なんと店内の自販機でメダルを買い、そのメダルで遊ぶシステムだった。メダルは10枚で50元。だいたい1枚13.5円くらいってところか……とすると音ゲーは1play54円くらい!?
ヤススギデスー!
さらに驚くべき事に、このメダルはメダルゲーと共通だった。つまりメダルゲーでメダルを増やすことができれば、そのメダルで他のゲームもプレイできるということだ。なんてアツいシステムなんだ。
チャリンチャリンと4枚もコインを入れる感覚に戸惑いつつ、jubeatをいつも通りプレイ。
完全に日本と同じ筐体だし、e-amuカードも使えるし、音声も説明文もすべて日本語のままだし、マッチングする相手も日本人だし、完全に近所のゲーセンでやるのと変わらなかった。なんてことだ。
このままでは収まりがつかない、というか、メダルが6枚も残っているので、勇気を出して知らない音ゲーに手を出すことに決めた。
おそるおそる遠巻きに見ていたら、Capsuleの曲があるっぽいゲームがあったのでメダルを入れた。「MuziBox」と書いてある。これは一見キーボードマニアのような鍵盤を弾くタイプのゲームだが、jubeatのようにキーそのものに譜面が表示される。つまり光ったところを押せばいい。タイミングは光の棒が鍵盤の一番奥に達したとき、のようだ。素晴らしい!キーボードマニアはこういうタイプだったら生き残れたかもしれない。
余った2枚のメダルは、起死回生を狙ってメダルゲーに投入したが吸い込まれた。……あれ、これ逆にメダルゲーの単価がクッソ高くねーか?
ゲーセンを後にした僕らは、まっすぐ大通りに出た。
ここ西門町にはあの
アニメイトの台北旗艦店がある。
……僕は何をしに台湾に来たのだろう。いや、これも文化だ。世界遺産やグルメばかりが海外じゃあない。
中に入るとあるわあるわ、フロアいっぱいに並ぶ翻訳された日本のコミックス。
何をおいてもコレを買っとかないといけない、というわけで繁体字版『スティール・ボール・ラン』を購入。どの巻を買うかは迷ったが、リンゴォ先生の
「踏進男子漢的世界」がある8巻にした。歓迎来到……「男子漢的世界」……。さすがにジャイロの「そこちょっと し・トゥ・れいィィィ~」は翻訳できなかったらしく、枠外に補説が付されていた。渾身のギャグを説明されてしまうジャイロ……なんて哀れなんだ……!
さすがのあんどうくんは現地の漫画に手を出した。擬人化された台湾の都市が戦う!……らしい。台湾版ヘタリアみたいなノリなんだろうか……翻訳が待たれる。
意外だったのは
「軽小説」の棚、つまりライトノベルのコーナーが充実していたことだ。
勝手な偏見だけど、ラノベの中には、基本的なオタク知識がないと頻出するパロディネタについていけず、魅力が半減してしまうような作品が多いようなイメージがある。それがこれだけ受け入れられているというのは、台湾のオタクはすでに日本のオタクの一般教養課程を修了するレベルにいる、という事ではないか。言葉は違ってもパロディネタが通用する、素晴らしい世界だ。
だが『我女友與青梅竹馬的惨烈修羅場(俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎる)』みたいなのが並んでいるのを見ると、なんか申し訳ない気持ちになる。す、すまん、こんなタイトルの本を量産してしまって……!
もちろん現地の作品も数多く出されていた。白背景にタイトルと女の子の立ち絵、みたいな表紙のテンプレは日本と同じなので、作者と挿絵の人名を見ないと判別できないクオリティである。
地下はグッズ売り場。こちらは日本で売られているものとほぼ同じものが、そのまま日本語で売られていた。画材も日本製。一部、明らかに台湾で作られたモノもあって興味深かったが、気になる作品のものがなかったのでスルーした。
もはや日本と遜色ないオタク文化を存分に視察し、僕らは西門町を後にした。
■巻第五 臺北國際金融大樓登頂の事
再び地下鉄へ乗り、市政府駅へ。
ここには
「誠品書店」という巨大な本屋さんがある。「誠品」は「ちょんぴん」と読むので
あまり誠実さが伝わってこないがとにかく巨大だ。
どのくらい巨大かというと、建物の中に入ってもデパートにしか見えないくらい。ていうかもうデパート。本がない。間違って丸井か伊勢丹に入ったか?って感じ。
実はこの誠品信義店、デパートのように多様な品物を扱う本屋だった。たとえば児童書コーナーの隣におもちゃ屋があったり、デザイン関連書籍の近くに文房具屋があったりする。料理本のコーナーの近くにはキッチンブースまであった。料理教室でもやるのだろうか。なるほど、Amazonの隆盛で存在意義を失い書けている書店がこの先生きのこるにはどうすればよいか、その一つの答えかもしれない。
おもちゃ売場でみつけた手作り感あふれる人形。なんだこの仮面ライダー、微妙に見たことないぞ。
一応書店なので、本屋らしく本棚が密集しているところもある。なぜか現地の人は平然と床に座って本を読んでいた。若者だけでなくおじさんおばさんも座り込んでいるので異様だ。
そんな人たちの間をすりぬけつつ、ざっと本棚を見ると、日本の書籍がけっこうそのまま日本語で売られているのに気付いた。洋書も多い。新刊のコーナーにはそれらがごちゃ混ぜになって並んでいる。日本では他言語で書かれた本がこんなに平積み棚を占めていることはないので驚いた。
続いて
迪化街へ。面倒なのでタクシーを捕まえた。
ここは古くからの問屋街らしく、布、漢方、乾物を取り扱う店が集中している。
漢方薬の材料なのか、それともおつまみなのか、さっぱりわからない乾物が所狭しと並べられ、量り売りされていた。つまみ食いしていく女の子がいたけどいいのかよそれ。
やはり日本人が多いのか「からすみ」と毛筆体でショドーされた看板がいくつかあり、あんどうくんはおみやげのからすみを吟味していた。
ふと道路の反対側を見ると、なんだか大変なことになっていた。
廟の前に設置された、お線香をくべるコーナーが大量の煙をはいている。どうやら直前の参拝者が大量にお線香を投入したらしい。信心深いのは良いことだが、次の人が近づけないくらいの火力になっていて笑った。
いったんホテルに戻り、荷物をおいて一休み。
テレビをつけたらドラゴンボール改が放送されていた。悟空の声がマジイケメン。まあ「Z」からやるんだったらそうだよな……。どうやら副音声でオリジナルの声も出るらしく、字幕が付いていた。……中国語版でもヤムチャやチャオズの名前はそのままなんだろうか?活躍しなかったのでわからない。
ひとしきり体力を戻したあと、地下鉄で再び市政府方面へ戻る。
おいしいタンツーメンのお店があるとのことなので、そこで夕食。
わりとオシャレな居酒屋風のお店だった。タンツーメンは担々麺みたいな見た目に反してあっさり系で、麺は沖縄のソーキそばのような食感。メインディッシュではないらしく小さな器で出てくるが、僕にとってはこれくらいのほうがありがたい。
食後、台北のランドマークである台北101へ。昼間に登ったほうが景色はいいんだろうけど、いかんせん天気がくもりだったので夜景を見に行くことにした。
高さは509.2m。ワールドレコード級だ。下の方は商業施設になっているが、9階から上のほとんどのフロアはオフィスになっているらしい。僕らは展望台行きなので5階から89階まで高速ショートカットできるが、中程のフロアに入居している会社の人はどうしているんだろう?
エレベーターは実際速かった。なおかつ静かだった。時速60kmで上に引き上げられてるのにまったく余計なGを感じさせない。ありがとうTOSHIBA!89階まで上がってきた実感もないまま、僕らは展望台にたどり着いた。
クリックで巨大
すばらしい夜景!ほぼ空撮!
やたら明るく血管のように走っているのが道路。夜市をやってるとこだけすごく輝いていたりしないかなーと思ったけどわからなかった。なお、タイミング悪くここより上には登れなかったが、この上のフロアからは「外に出られる」らしい。……か、風がすごそうだ。
中央には、風からの振動を受け流すための巨大なダンパーが設置されていた。夜中、営業が終わっても、こいつは孤独に振動を受け流し続けるのだろう。やはり巨大建造物はドキドキする。
展望台の下のフロアには珊瑚の美術品が展示されていた。忘れていたが台湾は一応、亜熱帯の島国なのだ。しかしさっきのダンパーが振動を吸収しそこねたら、この緻密な珊瑚細工の運命はどうなってしまうのか……。そんなことを考えながら僕らは帰りのエレベーター(時速36km)に乗り込んだ。
■巻第六 艋舺龍山寺参詣の事
三日目、天気晴れ。
今日はちょっと台北市の外に出てみる計画だけど、朝から動いても仕方ないので、市内の龍山寺を見に行くことにした。
余裕ぶっこいてたらホテルから駅までのシャトルバスを逃してしまったのでタクシーで。
駅の裏手から出て、お寺の逆方向に歩くと、
皮剥寮という妙に迫力のある名前の建物がある。
最初にそっちを見ておこうと思って、あまり人のいない改札から地上に出てみたものの、さっそく僕は逆方向に歩き出していた。
台北は僕の感覚を狂わせるのか?……いや、これは北が上になっていない駅の案内板が全面的に悪い。
皮剥寮は、調べてみるとなんてことはない、昔ここに木材が集められ、その木の皮を剥いでいたところらしい。とてもレトロな町並みが残っていて、それを美術館に改装し、観光資源にしているようだ。
廃墟に近いような建物の一部が、ところどころ美術館らしいモダンな建物と融合していて、非現実的な空間になっている。
おや、壁のラクガキのようすが……?
ウルトラマンは古代中国の神。ソースは民明書房。
またしても逆側に歩き出しそうになったのを修正して、龍山寺へたどり着いた。
龍山寺の前には広場があり、地下鉄の駅が大きく口をあけていた。
あ……素直にこっちから出てれば方向感覚バッチリだったんですね。
入り口で花や果物、そしてなぜかスナック菓子などが売られていた。むしろ花より食べ物のほうがメインの勢い。キオスクかここは?
だがその派手な売店の前を通り抜けると、もっと派手な光景が広がっていた。
お堂の前に出されたテーブルの上には、ロウソク、線香、花、そして大量の果物とスナック菓子。……さっきの売店で売ってたやつだ。ここの神様は
チートスとかオレオが好きなのか!? しかも参拝が終わったら持って帰っちゃったよ!? まあ置いていかれても困るけど、何なのいったい!?
日曜日とはいえ、地元の人が多いのには驚いた。龍山寺は、キョートの清水寺とかナラの東大寺などと違って、観光地らしい寺ではない。もちろんカメラをもった観光客もいるけれど、半分くらいは地元の人で、こうしてお菓子を供えつつ読経しているのだった。信心深い人が多いのだな。
なんだかんだでお昼近くなってきたので、台北駅へ移動。
すごい吹き抜け。はるか上にある天井はガラス張りで、メンテが大変そうではある。
時間まで、駅の地下街でおみやげを探して回ることにした。
地下街はえらく細長く延びていて、両脇にお店がずらりと並んでいた。
台湾らしく、デジタルなアイテムを取り扱うお店が固まっているところもあり、そのあたりにはゲーム専門店が3・4軒並んで営業していた。……ゲーム屋なんて、見るの久しぶりだな。日本じゃあもう駅前にゲーム専門店があるところなんて珍しい部類だろう。
台湾の人はわりとゲーム好きなんだろうか。そういえば台湾には格闘ゲーム世界チャンピオンとかがいたような気がする。しまった、ゲーセンじゃ音ゲーしか見てなかったな。
Plazaのような雑貨屋があったけれど、売られているのはほとんどが日本のものだった。というか日本語のままだった。もはや驚かないが、飲料コーナーにミネラルウォーターなどに混じって
「しずおかいちごサイダー」とかが売られていたのにはさすがにビビッた。台湾人ウケがよかったのだろうか。一応、静岡‐台北間の飛行機は飛んでいるので、その関係のプロモーションなのかもしれない。
駅のセブンイレブンに寄って、怖いもの見たさでPlum Green Tea(梅子緑茶)のペットボトルを買ってみた。うん。甘い。どこが緑茶だ!ってくらい甘い。なるほど、しずおかいちごサイダーが進出するわけだ。
いいかげん暑さに体力を奪われてしまっていたので、お昼ごはんは駅ビルのフードコートで食べることにした。真夏の気温で食欲がまったくないせいか、どれもメガ盛りに見える。……実際メガ盛りが基本だったのかもしれない。結局1人前の牛肉ラーメンを分けて食べた。
さて、電車の時間だ。
台北から電車で30分強、まずは瑞芳駅を目指して改札をくぐった。
■巻第七 九份の神隱少女の事
台北から列車で東へ向かう。
シートはすべて指定席。売り切れなどで指定席をとれなかった人もテキトーに乗り込んできているので、指定席車両という感覚は全く無い。
瑞芳駅は古い田舎の駅って感じだった。
古いコンクリートが無骨な雰囲気。そういえば伊豆にこんな駅があったような気がする。
目的地である九份には、ここでバスに乗り換える必要がある。
知らない土地でバスに乗るなんて無茶だと思ったけど、九份はわりとメジャーな観光地らしいし、一緒に降りた人たちの流れに乗っていけばいいだろ……と思ったが
案の定、乗り場がわからなくなる。
迷っているとオッサンが片言の日本語で「休日はあっちのほうに乗り場が変更になる」みたいなことを教えてくれた。台湾のオッサンは親切だと聞いていたが本当だった。ありがとうオッサン!
バスも乗車率150%くらい。暑い中に人をギッシリつめて、バスは九份へ向かう。
山間部にさしかかると道はだんだん険しくなり、勾配もカーブもまさに峠!の様相。木々は背が低く、ああここは南国だった、と思い出した。
山のすぐそばまで海が来ていて、港が見えた。そういえば伊豆にこんな峠があったような気がする。
九份は元・金鉱の町だ。山の斜面にはりつくように家々が圧縮されて並んでいる。
鉱山の開発については日本軍も関与していたらしく、ちょっと日本風の構えの住宅も見受けられた。
いまはそのレトロな雰囲気を観光資源としているらしい。
セブンイレブンの横を通って、メインストリートへ。
きわめて狭いアーケードといっていいのか、とにかく屋根があったりなかったりする通路の両側にぎっしりとお店が並んでいる。この狭さと乱雑さ、モンサンミッシェルで味わったものの数倍だ。お店はほとんどが屋台や食べ物屋だったけど、中には完全に日本の駄菓子屋の風情を保っている、おみやげ屋さん兼おもちゃ屋さんみたいな店も何件かあった。
おもちゃの品揃えを見てみるとやはり日本のものが多い。「ぴちぴちピッチ」が定番のように置かれているけど流行ってんのかコレ。静岡の誇るプラモデルも積んであったが、「張飛ガンダム」とかそういうのを見るとなんかスマンって気持ちになる。大丈夫だろうか?合ってるだろうか、我々の三国志のイメージは?
心配になったので三国演義トランプを買った。1組では武将が収まらないらしく、2組セットだった。
人口密度の関係でとても暑い。どの店もガンガン冷房をかけているが、建物の密度も異常なので室外機の温風でチャラなんじゃないかと思ってしまう。そもそも臭豆腐の湯気だけで相殺されている。
こう暑くてはたまらないので、看板娘らしき犬すらバテている喫茶店に入って、冷たい烏龍茶で体力を戻した。
すこし空が曇ってきた。と同時に、バリカンで毛を刈るような音があちこちからしはじめた。
しばらくバリカン以外の選択肢が見あたらなかったけど、よくよく聞いたらどうもセミか何からしい。欧米人がセミの鳴き声を雑音としか思えない理由がちょっとわかった気がした。
メインストリートから外れると、素泊りの旅館がいくつかあった。戸口で寝ている猫の様子を眺めていると、おばちゃんに「Stay?」と声を掛けられたのでノーソーリィして立ち去った。レンガ造りのレトロな民宿だった。
のんきに町外れまで歩いてきて景色を眺めていると、突然の大雨。
不運なことに、このあたりは住宅が途切れているところで、雨宿りできそうなところが無い。道路の隅の頼りにならない木陰で慌てていると、向こうのほうでオバチャンがこっちに来いとジェスチャーした。おお、死角に車庫があったのか。別にこのオバチャンの車庫ではないようだ。夫婦で観光に来たらしい。中国語っぽいのでわからなかったが「参ったね」的なことをお互い呟きながら、車庫に潜んでゲリラ豪雨が去るのを待った。
幸い雨はすぐにやんだので、謝謝と言って車庫を出る。
またメインストリートに戻って探索を再開。なんか見たことない豆や芋が入ったお汁粉を食べたりしていると、手書きの怪しげな看板を見つけた。
黄色の台紙に黒マジックで
「Gold Museum 黄金博物館」と書いてある。怪しさ倍増。
よせばいいのにメインストリートから階段を降りてみた。細い路地裏には人ひとりいない。怪しささらに倍。
さらに先に進んでみると……どうやら
これのことらしい。
きょ、狂人の臭いしかしない。
我々は直ちに逃げ出した。
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日も傾き、雨に洗われた街はだんだん良い風情を醸しだしてきた。
ここ九份は
「千と千尋の神隠し」のデザインの元になった場所のひとつでもある。
この建物は阿妹茶酒館。入口に堂々と「湯婆婆のおうち」と日本語の看板が立てられているのはどうかと思うが雰囲気は最高に良い。
残念ながら満席だったので、さきほど烏龍茶を飲んだお店で夕食をとりつつ日没を待つ。
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夜になるとこんな感じで、一気に艶やかになる。
雨の乾いた通りを赤ちょうちんが照らす光景は、確かに「千と千尋」の世界だ。
ここに住んでいる人たちにとってはこれが日常なんだろう。
ヴェネツィアの住人と同じくらい想像しにくい日常だ。
さあ、そろそろ帰りの電車の時間だ。いよいよ台湾旅行の終わりが近づいてきた。
■巻第八 足裏按摩で悶絶するの事
九份からは、瑞芳駅までタクシーが定額で出ていた。
台北まで行きたいなら1000元らしいが、駅までお願いした。
タクシーは夜の峠をすさまじい勢いでかけ降りていった。
そのままの勢いで、駅前の狭い通りにも突っ込んでいく。道路の両側にびっしりと原付が停められていて道幅が実際ヤバイ所にもノーブレーキで行くので、ぼくは、中華版くれいじーたくしーがあったらおもしろいだろうな、とおもいました。
さすがに観光地からの帰りの電車は混んでおり、乗車率150%くらいだった。
もちろん指定席は取れず、あっつい中を押し合いへしあいしながら帰った。
これならクレイジータクシーに1000元払っても良かったかな?
我々は長旅で疲弊した脚力を回復すべく、台北駅近くの足裏マッサージのお店を訪れた。
お店はどこの都会にもありそうな雑居ビルの一角だった。
予約もなく、夜もそこそこ遅かったが、店主は快く日本語で迎えてくれた。
順番を待つ間、足湯をつかって棒になった足をほぐす。
これだけでも相当な脚力が回復した。
だが先客の悲鳴が断続的に聞こえるのがたいへん気にかかる。
僕の順番が訪れ、診察室のようなベッドに横になった。
カーテンを挟んだ隣では、日本人観光客のおねーさんが「無理無理無理無理!」みたいな悲鳴をあげていた。ヤバイ、この隣で大の男が弱音を吐くわけにはいかない。
横になりながら、手渡されたA4用紙のプリントを見る。足裏のマッサージをする箇所に番号が振ってあり、そこがどの臓物に相当するのかが図示されたものだ。なるほど、これを見ながらマッサージしていくのね。
1番から順にマッサージが始まった。緊張が走る。
なかなか強い……だが……耐えられない程では……
隣のおねーさんの手前、情けない声をあげる訳にはゆかぬ。
これくらいなら余裕で……アイエッ……アイエエエ!グワーッ!なんたる激痛!
おっほおおおッ!しゅごいいい!そんな押したら足裏折れちゃうのおおーッ!
8番(胃)!8番しゅごいのおお!9番(腸)もしゅごくて壊れちゃうううーッ!
「……ダイジョブデスカ?」「アッハイ大丈夫です」
さっ!マッサージを続けマショウか……。
2つ隣のあんどう君のリアクションがまったく聞こえないことに気付き、僕は冷静さを取り戻した。
20番……このあたりから下半身関係のポイントが続くな……。
まずい、ここで妙な声をあげたら「君……股間に問題があるのかね?」とか思われてしまう……!
ここはノーリアクションで耐えなければ。
しかしリアクションすまいと思えば思うほど足裏の感覚は研ぎ澄まされる。
しかもわりとくすぐったいポイントで、結果的に「ぬふう」みたいなよりキモい声が漏れてしまうクソミソな結果に終わったのでした。
え?……あ、そうですよね、終わりじゃないですよね、左足もやりますよね。
グワーッ!胃腸!胃腸しゅごいのおおおーッ!!
こうして自分の胃腸の弱さを再確認し、僕らは地下鉄とタクシーでホテルへ帰った。
思えばこの旅は自分の胃腸の弱さを実感してばかりだった気がする。
一足先の真夏の暑さのせいだ、そうに決まっている。
そう自分を納得させて、翌朝、空港行きのシャトルバスに乗り込んだ。
台 北 記 ― 完 ―