肥前国周遊記
2024.03
■上巻 吉野ヶ里
佐賀と長崎に行ってきたッ!!
例によって交通手段とホテルはワイフがパキッと決めてくれたッ!!
旅程(といっても行く場所と移動にかかる時間、交通機関のメモ程度)はいつもスマホンの中のメモに書いておくんだけど、今回は
Penという検索しづらい名前のサービスを使ってまとめてみた。スマホンからの編集もラクだし、同行者とシェアできるのがよい。
博多駅に降り立った我々は、せっかく博多に降りたのでラーメンを食べ、レンタカーで佐賀へと向かった。
今回の主な目的地は長崎にあるが、佐賀はただ通り過ぎるだけの県ではない。
ロマサガRSプレイヤーにとって、毎年コラボイベントが行われる佐賀県はもはや第二の故郷と化している。ロマサガRSにはなぜか佐賀県の観光名所をめぐるイベントが常設されているんだ。
ねんがんのブラックモンブランを手に入れたぞ!
これが現状ロマサガRS唯一の企業コラボの姿で良いのか……!?
というわけで、最初の目的地は趣味と実益を兼ねた
吉野ヶ里遺跡である。
吉野ヶ里遺跡は広大な公園になっている。遺跡部分だけを見てもだいぶ面積がある。なんとまだロマ佐賀コラボのイベント期間中であり、クイズラリーの空欄を埋めるべく右往左往した。
弥生時代の竪穴住居群のなかに、さりげなく「休憩所」と書かれた建物があり、中では自販機が稼働していた。WANDAが安かった。弥生時代はよくWANDAが採れたらしい。
しかしまあ、地面に遺された穴の跡からよくもまあここまでの肉付けができたものだ。
文書だって魏志倭人伝とかしかないんでしょう?
巴形銅器とか、これは弥生時代の吉野ヶ里をニンジャが支配していたという証でしかないよね? 考古学ってすごいですね。
これは吉野ヶ里駅の南にある推しのマンホール。こいつが実装されるって言うからロマサガRS始めたんだよね。
なぜ吉野ヶ里でメカなのかわからないが、SaGa2は「やまのかみ」がスーパー系のロボットだったりするので、気にするだけ損である。
ロマ佐賀のマンホールに「下水道」って書かれていると、見る人に「世界一かっこいい下水道」のイメージが広がり印象がよい。マンホール化すべき作品だったと言えるだろう。
さて、佐賀には有田焼とか伊万里焼とか気になるコンテンツはあるものの、行程上、早々に長崎へ到着しなければならない。高速道路に乗って一気に移動した。
車窓から青々とした田んぼが見えた。いくらなんでも3月に田んぼが青々しているわけがない。どうやら麦のようだ。二毛作ってやつか。がべェな。(今考えた間違った佐賀弁)
■中巻 ハウステンボス
日が傾いたころ我々は
ハウステンボスに到着した。
ハウステンボスには1.5DAYパスポートがあり、これを使うと前日15時から入ることができる。我々はホテルオークラハウステンボスに荷物を搬入し、小雨を警戒しながらハウステンボスへと入国した。
チケットを買う際、誕生日が近いワイフはバースデーシールを獲得した。これをわかりやすい場所につけておくと、スタッフさんから「誕生日おめでとうございまーす」と祝福される機能がある。
平日の夜なのでめちゃめちゃ空いている。そしてハウステンボスは室内アトラクションが多いため、昼間だとけっこう並びそうなやつを夜のうちに攻略しておくことが可能だ。とりあえず800トンの水が襲い掛かるホライゾンアドベンチャーを済ませた。実際の洪水、エンターテイメントにしちゃっていいんだ。
これは夜のスカイカルーセル。まるで宝石箱や。宝石箱なんて見たことないけどな。
ここの3階席も2ターン待っただけで乗れてしまう。これは「日本初の3階建てメリーゴーラウンド」を謳っているので、3階席に乗らねば日本初のありがたみがない。夜に来て正解だった。
ハイステンボス内にはお求めやすいお値段で夕食を食べられる店も多く、子ども連れには助かる。夕食を済ませて過剰なイルミネーションを眺めつつ退出した。夜の観覧車、とてもこわい。
ホテルオークラハウステンボスから見たハウステンボスの夜景。ホテル前に並ぶハウスは別荘地であるが、定住している人もいるらしい。ハウステンボスはもう住所が「世保市ハウステンボス町1−1」なので強い。町内会とかあるんだろうか。ゴミ出しのマナーとか? 私気になります。
翌朝、ホテル前から出る船でハウステンボス入りする。これだといきなりハウステンボスの中心地から入場が可能だ。
実のところ、目的のアトラクションの位置を考えると普通に正面玄関から入った方がスマートなのだが、せっかくの宿泊者特典を見逃す我々ではない。
いきなり中心地なので、突然アムステルダムに転移したような気持ちになる。
ほんとにあるのね
ほんとにあるのね
アムステル川にダム~♪
ハウステンボス内にはいくつかの美術館がある。ポルセレインミュージアムはたくさんの陶磁器が展示されている美術館だ。これはオランダ東インド会社(VOC)のロゴが描かれた皿。こうした皿が江戸時代にオランダに輸出され、ヨーロッパにジャポニズムを広めたのですね。
平日とはいえ、修学旅行生とおぼしき学生たちが多いためそこそこ賑わう。混まないうちに人気のVR系アトラクションに並んでおく。
VRワールドはHMDを装着した状態で揺れる筐体に乗る、VRジェットコースターである。HMDなのでどっちを向いても360°のCG空間に入る事ができる。これは想定外に酔った。めったに3D酔いしないのだが、微妙な揺れのラグや、落下してるのにタマヒュンしない感覚などが、俺の三半規管に混乱をもたらしたようだ。
アスレチックファンタジアは、2Fのネット遊具でボヨンボヨンしながら、1Fで行われている迫りくる光を避ける闇のゲーム(別アトラクション)の挑戦者が死んでいくのを眺めることができる、気持ちをどう持っていったらよいかよくわからないアトラクションである。
プロジェクター系のゲームアトラクションとして、ついこの前までスクエニの「バハムートディスコ」というドすげえ名前のアトラクションがあったらしいけど、タッチの差で閉鎖されてしまっていた。スクエニはバハムートを何だと思っているんだ。
売店に寄り、娘氏は花冠を装着して最高になった。ディズニーでいうところの「耳」にあたるアイテムである。小さい子がこれを装備しているとあらゆるスタッフさんから「お花似合ってますよー!」と声をかけられる仕組みだ。
なお装着してすぐレールコースターに行ったのでさっそく装備を外すはめになった。レールコースターは絶妙な計算で木々の間をすり抜けるやばいやつだった。
調香室をイメージしたプロジェクター空間・フラワーファンタジアにも寄った。
めちゃくちゃ暗い室内でも平然とフォトスポットが置かれているのが令和って感じがする。スマホンのカメラの補正は本当に凄い。
これはカステーロ・デ・カステーラ(食べられません)。渾身のスパニッシュジョークである。ハウステンボスはオランダに全振りしているワケではなく、スペインやイギリス要素もある。ここは長崎……蘭学という視点でとらえれば理解できることだ。
これは
花と医療の国イシャバーナ。ここで撮影された素材が王様戦隊キングオージャーのスタジオに持ち込まれ、LEDウォールに背景として表示されていたのか。ロケ地というにはあまりに遠いが、確認してみたら我々が宿泊したホテルまでまとめてイシャバーナになっていたようだ。感無量である。
ワイフが獲得したバースデーシールは、3か所のスタンプラリーを済ませると写真の引換券に変わる。ハウステンボス内にはスタジオアリス的な写真館があり、ちゃんとしたバースデーフォトを撮ってもらえるのだ。料金追加したら貸衣装も使えたのかな?
さて、ほぼ24時間にわたって滞在したハウステンボスに別れを告げ、次は長崎市へと南下する。
高速道路で行く予定だったがうっかりルートを間違えて設定してしまい、大村湾の西側を走ることになった。途中、
巨大な3つのピラーが現れて何事かと思ったら、旧海軍の無線塔らしい。針尾送信所、北関東とかにあったら特撮に頻出していただろうなこれ。
■下巻 長崎市街地
車で長崎市街地に入った俺を待ち構えていたのは過酷な運命であった。
ウワーッ路面電車!!
自動車免許の学科テストでしか聞いたことがない伝説が目の前に!!
第一問! 停留所で停止中の路面電車に追いついたが安全地帯があったので徐行して進行したッマルかバツかッ!! 覚えてるワケねえだろ! もうダメだこの街は俺の常識が通用しない……みなさん今日が私の命日です……
と、ひとしきり絶望したが、路面電車はレールと信号に従って極めて普通に走行してくれるし、前の車にならっておけば間違いないので、かろうじて大事故にならずにすんだ。
というか中央分離帯に広めのプラットホームが作られているので、そこまで絶望することはなかった。
長崎新地中華街の近くに宿を取る。中華街はわりと早く主要なお店が閉まるようで、夕方を過ぎるとあまり人がいない。そのためトライディショナルなアトモスフィアがすごい。
ここで我々は本場のちゃんぽんを食べた。長崎の人にオススメのちゃんぽん屋を尋ねたら「リンガーハット」と言われた、みたいな話はよく聞くが、リンガーハットのものよりまろやかな口当たりだった。
思うに、長崎市民にとってのちゃんぽんとは、富士宮市民にとっての富士宮焼きそばみたいなものなのではないだろうか。スーパーに地元企業産の材料が売っているのでよく作って食べるものの、オススメの店と言われると困る、そういう存在なのではないだろうか。長崎市民でも富士宮市民でもないので適当に言っている。
翌朝、そうそうにホテルを出て、恐怖の路面電車にこちらから乗り込む。敵を知ることが絶望の霧を払う。
実際に利用してみると、路面電車はほぼバスであることがわかった。乗り降りにプラットホームを使う分バスより与しやすいのではないか。恐るるに足らず!
乗り込む際、白人さんから英語で「この電車は平和公園に行く?」みたいなことを聞かれたが、なにしろ俺も初めてなので「メイビー……」としか答えられなかった。直後にアナウンスがあり、どうやらトレイン・ナンバー・ファイブをスルーしてナンバー・ワンにライドすればメイビーのようだ。わかりやすい色分けになっていてよかった。
平和公園は晴天であった。さすがに外国人観光客が多い。平和祈念像はイメージよりもだいぶ大きく、かつピカピカに見えた。ここから
原爆資料館まではちょっと歩く。グラウンドゼロを挟んで反対側にあるのだ。
昨年は沖縄の平和祈念資料館を訪れたが、比較するとこちらはエモよりも物理で攻めてくるというか、物証が語る説得力がすごかった。「原爆の熱線でガラス瓶がこうなり、瓦がこうなりました。つまりヒトがどうなったかは言うまでもありませんね?」というタイプの圧倒的説得力が迫る。炭化した麦はショックだった。麦はピカドンより強いものの象徴なのに……。
原爆資料館から北東方向に市街地を歩く。このあたりの住所は「長崎市平和町」でありすごい。なんか中途半端な時間にオルゴール音の放送が鳴り響いたと思ったら、現在は9日の11時2分であった。そうか……8月9日の11時2分は暑かっただろうな……。
5分くらい歩くと
浦上天主堂にたどり着く。世界遺産になったのは中華街近くの大浦天主堂で、こちらは爆心地に最も近い教会として有名だ。毎回混同してしまう。
教会に隣接した建物に、お通夜の看板が出ていて困惑してしまった。ここは観光地ではなく地域の信者のための教会であることを忘れてはいけない。見慣れた形式のお通夜の看板ではあるが、名前に洗礼名が入っていた。やはりキリスト教徒が多い地区なのだろうか。
正面にあるフルーツ屋さんがいい感じのカフェを併設しており、ここでいったん休んでから観光を再開できたのはよかった。
路面電車で中華街方面に戻り
「出島」で降りる。出島とはあの出島のことだ。埋め立て地の拡大により現在では普通に内陸にある。最近、出島に入るための橋が本来の位置に再建されたため、駅から入口まで少し歩くことになる。
戦争の時代から侍の時代にやってきてしまったことを感じる。出島内部ではほぼ全ての建物に入ることができ、中には当時の貿易の様子がさまざまな切り口で展示されているが、なんか床面積を持て余しているような印象がある。間取りまでは再現したが家具はないので空間で想像してくれ……みたいな家がいくつかあった。
ここでは当時最先端の料理が作られていたものと思うが、結局長崎名物として知られるのはカステラとちゃんぽんなわけで、なんかもっと独創的な郷土料理とか生まれなかったものかなあ、と思いながら、土産物屋で買ったよく冷えたカステラサイダーを飲むのであった。
長崎港のほうへ移動し、出島ワーフで五島うどん地獄炊きをいただく。乾麺と湯の沸いている鍋が運ばれてくるので、セルフで茹でて食べる。アゴだしのつゆがすごく魚の味がしてうまかった。
長崎港には軍艦島クルーズの船が見えた。軍艦島も行ってみたかったけど、上陸できるかどうかはバクチなうえ、上陸できても移動できるエリアはかなり限定されるという話を聞いていたので他を優先したんだよね。
長崎港から
グラバー園までさらに徒歩で移動。およそ1.5kmの行程だが、すでに歩数は10000歩を越えている。さらにグラバー園はグラバー坂の上にあるため、だいぶ運動になった。グラバー坂には土産物屋が立ち並び、清水寺の門前をほうふつとさせる古き良き観光地の風格がある。ちゃんぽん発祥の地と言われる四海樓、謎の「ボウリング発祥の地」の石碑、そして世界遺産の大浦天主堂を眺めながら登っていく。
グラバー園のチケット、とても良い。
グラバー園は傾斜地であり、下から入場してエスカレーターで上まで行って、園内を回りながら降りてくるルートが正規っぽい。しかし我々は知っている。登りよりも下りの方がヒザとかにダメージが来るのだ。なのであえて、一番下のグラバー邸から見ていった。
トーマス・グラバーは幕末~明治の日本で活躍したイギリス商人である。そのグラバー商会の幹部だったのがフレデリック・リンガーで、彼の家もまたグラバー園に保存されている。
つまりここがRingerのHutね……。リンガーハットとピザハットはHut、イエローハットはhatなので間違えないようにしよう。
さて、グラバー園の一番上まで来てしまった。ここからは長崎湾が一望でき、ばかでかい客船が泊っているのもよく見える。
下調べした情報によると、グラバー園の頂上には裏口があり、そこから出ると
グラバースカイロードという斜行エレベーターで降りることができるという。ゲートを出た先はふつうの住宅地なので不安があったが、屋外エレベーターを降りたすぐそばにスカイロードが設置されているのを発見できた。長崎、なんて高低差の激しい街なんだ。
かっこよすぎる。下を見るための窓があるのが完全にわかっている。AKIRAに始まりバイオハザードから星のカービィまであらゆる秘密基地に設置されている男の子の夢、斜行エレベーター! これは観光客用というよりは、地域の人のために設置されているもののようだ。斜行エレベーターのある暮らし……想像を絶する。
ここから降りると、すぐ近くに路面電車の終着駅がある。終着駅なので確実に座れるが、もうここまで歩き通したのならばこのままホテルまでいっちまおう!と謎のテンションになって、オランダ坂などを見つつ、徒歩で中華街まで戻った。歩数は20000歩を超えていた。
最後にベルナード観光通りのほうへ行き、
吉宗というお店の茶碗蒸しを食べた。でかい。茶碗蒸しがどんぶりと同じサイズだと……?
ここは幕末から続く長崎最古の茶碗蒸し屋さんらしい。玄関に下足番めいたお店の人がいる由緒ある料亭の姿と、タブレット注文の令和感のハイブリッドがイケてるお店だった。
最終日は全て移動に費やされる。福岡・佐賀・長崎はこれまで立ち寄ったことがなかった県なので見識が広がって良かった。娘氏にもよい修学旅行になったのではないか。47都道府県行ったことあるリストを作ってみたけど、東北と日本海側はなかなか埋まらないな。