上洛記2026
修学旅行編
■三十三間堂
小倉駅、15:00。
篠突く雨が降る中、再び北上。天気が良ければJRの駅まで歩いて平等院でも行こうかと考えていたが、この雨では難しい。プランBだ。丹波橋駅で乗り換えて
三十三間堂へ向かう。
三十三間堂には30年前に来たことがあるが、もはやまったく記憶にない。無数の千手観音が並ぶ光景が、旅番組などで上書きされてぼんやり浮かぶばかりである。
再訪して、改めてその異常性を思い知った。
そもそも
「千手観音像をオールユニークで1000体作ろう」というプロジェクトを実行するのが凄すぎるし、それを納めるためには当然クソデカお堂が必要となるが、それを現代まで遺せるレベルで設計・建設するのも凄すぎる。あったでしょッ地震とかッ!
現在はデジタル化の恩恵を受け、なんと全ての千手観音像の名前やお姿を検索できる端末が用意されている。あれ全部名前が付いてるんだ!?
ときどきお供え物が置かれている観音像があったけど、あれって誰かが推してたのかな……観音道は奥が深いな……!
こう寒いと腹が減る。
時間は早かったが、近くのうどん屋さんで九条ネギカレーうどんを食って、ホテルに戻ることにした。
三十三間堂からホテルへ戻る手段は下調べをしていなかったが、Googleマップに経路を案内してもらうと市バス1本で行けることがわかったのでよかった。地元以外でためらいなくバスに乗れる唯一の町、京都。
■二条城
二日目、天気くもり。朝イチで二条城へ向かう。ここはあの有名な
大政奉還図のロケ地である。聖地巡礼せねばならない。聖地とは。
うおデッカ……デッカいが、なんかこうして写真に撮ってスケールをごまかしてみると、これ
だいぶ駿府城じゃないですか?
いや城ガチ勢から見たら全然違うんだろうけど、堀のあり方、門の佇まい、天守跡の周囲の雰囲気とか、端々から駿府城を感じるんですけど気のせいですかね? なんか隣に静岡県庁がないのが不思議なくらいなんだけど。駿府城を復元したときに二条城を参照したとかかな……。
いずれにせよ、ここを作った徳川家康と、ここで幕府を終わらせた徳川慶喜、その両名が晩年を静岡市で過ごしたという事実を、静岡県民はもっと重く受け止めるべき。豊臣政権のあった大阪府と同様に、静岡府と名乗る資格はあるはずだ。あっ駿府か。
大政奉還図の聖地である大広間は、巨大な二の丸御殿の中にある。一の間・二の間のフスマを外してつなげているようだ。第一会議室と第二会議室の仕切りを取って大会議室にしているような感じだろうか。カンファレンスルームには違いない。
ただ、大政奉還図に描かれているのは、タタミの数から、奥の特別会議室(黒書院)であるようだ。しかし大会議室にはこの絵を元にした幕臣の人形が設置されており、どちらをロケ地として巡礼すべきかはよくわからない。
その後、庭園を見ながら天守跡まで歩いた。
小堀遠州が作った庭園は見事で、大政奉還図に描かれていないの側のフスマが全て開け放たれていたら、この絶景を背景に大政奉還を発表したことになる。だいぶ開放感があり印象が異なる。
庭園内には「落書きをしないで下さい」っていう注意書きがいくつかあったけど、やっぱ
「此頃都ニハヤル物 夜討ち 強盗 にせ綸旨」とか書かれないように警戒してんのかな。あれは二条河原だろ!
■南禅寺~哲学の道
予定では祇園に行くつもりだったが、地下鉄一本で南禅寺まで行けることに気づいたので、3日目の行程をここにもってきて銀閣方面へ行くことにした。
Googleマップの経路案内があれば予定変更は怖くない。便利な時代になった。
蹴上駅で下車して歩く。
KEAGE……すごいアグレッシヴな地名だ……と思っていたら、なんかワイフが長い斜面にレールが敷かれているロケーションを発見した。
これは
蹴上インクラインといって、運河の高低差が激しい部分で、船を台車に乗せてレールで引き上げてしまおうという大がかりな設備だったらしい。まさか船を……屈強な男たちが……蹴り上げていたのか!?(ケーブルで巻き上げていたそうです)
これは南禅寺の三門。石川五右衛門が
「絶景かな!」という名台詞を残したのがここだ。だがゴエモンの存命中はこの門はなかったらしいので、史実ではない。カブキの話だ。
拝観料を払えば門に登ることができる。門に拝観料……? と思ったが、楼上には釈迦座像などさまざまな仏像が安置されており思ったより厳かだった。絶景かどうかについては、手前の森の背が高く、意外と都の様子は見えない。ただし、おそらくゴエモンは屋根の上から都を見下ろしたはずなので、真の絶景を見たければ大泥棒になる必要があるってワケ。
南禅寺を抜け、哲学の道を歩く。
以前、
銀閣に行ったかどうか定かでないという話をした。
南禅寺~哲学の道~銀閣という流れはとても聞き覚えがあり、修学旅行(中高ともに京都だった)で行ったはずだと思っていたが、哲学の道を歩いてみてわかった。俺は銀閣に行っていない。
記憶とは脳内SSDに格納された動画ではない。俺に搭載された天然知能が、追想のたびにこれまで得た学習データから生成する不確かな幻にすぎない。哲学の道には哲学だけでなく意外と普通の住民の生活もあり、グループホームや歯医者も存在している。そんな情報は学習データの中になかった。
結局確かなものは、こうして自らwebに刻んだ記録だけであり、
あまねく全ての人類はすべからく全員ブログを書くべしという哲学的結論が導き出された形だ。
これは哲学の道から見えた、なんらかの
メインクエスト受領スポット。Googleマップの情報によると昭子内親王という人の墓所であるらしい。
■銀閣寺
「金閣寺」「銀閣寺」は通称であり、ちゃんと「鹿苑寺の金閣」「慈照寺の銀閣」と呼ぶべきという意見はあるが、この二つについては公式が「金閣寺」「銀閣寺」と称しているので良いのではないか。何をもって寺の正式名称とするかは寺が決めるべき。
門前町でおそばを食べてから慈照寺へ入る。ここは修学旅行的には銀閣よりも
東求堂同仁斎のほうが重要で、書院造という現代の和室のスターターデッキとしての価値がある。ただし通常は東求堂の内部は公開されておらず、銀閣同様、外から見るだけとなる。
銀閣はあまりにも風景に溶け込んだ自然な佇まいなため、最初その存在をぜんぜん認識していなかった。そういえばこれが銀閣だった。金閣とは真逆のワビサビだな。
慈照寺、とても新緑が美しい。これは紅葉の時期になったら最高の景色だろうが、そのころにはモミジより人のほうが多いだろう。
帰りのバスはすごい混むという話を聞いており、ワイフがさまざまな交通手段を検討していた。だが現地でGoogleマップを開くと、ちょっと大通りまで出て市バスで京都駅に向かうのが手っ取り早いらしい。たしかに銀閣寺前のバス停は外国人でごったがえしていたが、銀閣寺道のバス停は空いており、バスも座れる程度には空いていた。助かる。
京都駅のオミヤゲ・ストリートの様子をちょっと見て、ホテルへ戻った。
■京都府立植物園
三日目、天気晴れ。
さすがにお寺はどこに行っても混んでいるのでやや疲れた。神社仏閣以外で、観光客が少なくてゆっくりできるロケーションはないか、ワイフとともにAIに相談していたところ、候補に挙がったのが
京都府立植物園であった。
上賀茂神社と下鴨神社の間くらいにあり、地下鉄一本で行けるため便も良い。
朝イチで来たためかぜんぜん観光客がいない。外国人観光客もほとんど見なかった。
広い園内には季節の花が展示されている。ここは俺に任せろッ機種変したばかりのPixel 10aのマクロフォーカスが火を吹くぜッ―――ッ!!

クリックで一部原寸
スマホンでマクロ撮影ができることには興奮するが、でもスマホンのカメラってAIの補正ありきでしょう? これもマクロ撮影っぽくAIが高精細にしてるだけなんじゃあないの~~? って思うとやや興奮が冷める。それじゃあ俺が撮った写真も生成AIが出したやつも資料的価値としては大差ないではないか。まあ資料写真を撮ってるわけじゃないから別にいいんだが。
ネモフィラもよく咲いていた。ネモフィラは何度聞いてもモビルスーツっぽい。GP02サイサリス、GP03デンドロビウム 、GP05ネモフィラ。
芝生広場では幼稚園くらいのお子さんたちが集まって何かお遊戯をしていた。中学生以下の入園料は無料であり、市民の遠足先としてうってつけなのであろう。
ここまで人の波に揉まれて過ごすことが多かったため、贅沢な時間を過ごすことができた。
「キョートは時間の流れが遅い」。ミヤモト・マサシも、そう言っている。
■鍵善良房
ゆっくり休んだので、続いては人でごったがえす祇園四条に向かい、ワイフと娘氏の希望で
「鍵善良房のくずきり」に挑む。
鍵善良房は江戸時代より続く老舗の和菓子屋であり、歴史を感じさせる重厚な店構えをしている。本店ということでだいぶ並ぶのではないかと覚悟して行ったが、ほぼ待たずに入ることができた。たしかにまあ……外国人から見て「くずきり」という和菓子はミステリアスすぎて、第一候補で食べたいものではないかもしれないな……。
他の甘味の選択肢もあったが、ここに来たからにはくずきりにオールベットすべきだろうと決断し、皆でくずきりを食べた。黒蜜と白蜜が選べるので俺だけ白蜜にした。それはもう上等な砂糖水だった。
ここのくずきりを沖田総司が愛したというのは創作なのか、それとも史実なのか、ハッキリしない。別に創作でもよいのだろう。南禅寺の石川五右衛門だって創作なわけだし、多くの人が長い時間共有した創作は実体を伴うのだ。
■建仁寺
祇園商店街のすぐ近くにある、京都最古の禅寺。
お気づきだろうか。生け垣が茶である。ちょうど新芽のよい時期だ。なぜ茶なのか。
ここを開いたのは臨済宗の宗祖である
栄西であり、栄西といえば鎌倉時代に『喫茶養生記』で茶の効能を知らしめた、茶業界のレジェンドであるからだ。なので静岡では日本茶祖として崇められている。娘氏もそのことはよく承知している。
そういう動機で訪れたお寺だが、思った以上に面白い場所だった。
入ったらいきなりこれ。俵屋宗達の風神雷神図屏風が「撮影OK」の状態でホイッと置いてあるんですけどォ!?(動画撮影・三脚・モデル撮影などは禁止)
どうやらこれはデジタル複製画らしい。それはそう。本物は都国立博物館にあるんだってさ。でも和紙に印刷して金箔を貼ったんならそれはもう文化財なのでは?
堂内の他のフスマ絵も同様にデジタル複製で、紫外線対策とか一切気にせずにホイッと展示されている。
キヤノン株式会社、すごい技術力だ。
そのほかにもゆっくり座って枯山水の庭園を眺めることができるし、いきなり元総理大臣の細川さんが描いたフスマ絵が展示されていたりするし、新旧問わず禅と芸術が楽しめるお寺であった。
その後、四条のお店をちょっと見て、地下鉄で京都駅に戻った。
京都駅は広いので、座れる場所を確保して、一人が荷物を見ているうちに順番にオミヤゲ・ストリートに突っ込んでいくムーブがやりやすい。

リュウグウターミナル
ただ、たいていのオミヤゲや駅弁は新幹線改札口を通ったあとのお店で揃うし、そっちのほうが混雑が少ない。こだわりがなければまず改札を通ってしまうべきだろう。次の旅行への申し送り事項とする。
上洛記2026 おわり。