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◆不定期日記ログ◆

■2022-07-02
異世界転生読書感想文
 6世紀イギリスのアーサー王の宮廷に異世界転移して現代知識チートで成り上がる小説を読みました。


 アーサー王とはあのエクスカリバーや円卓の騎士でゆうめいなキング・アーサーです。近年の研究では女の子だったり100万人いたりと織田信長の次くらいに可能性を秘めた存在なので、皆さんもご存じのことと思います。信長よりも史実性が薄いためやりたい放題されています。

 しかし先ほど「ご存じのことと思います」とは申しましたが、実際どの程度ご存じか、というのは各々が渡ってきた作品群によって大きな差があるでしょう。そもそも「これが原典!」というような作品がないので仕方のない事です。
 私のアーサー王の認識は……なんかエクスカリバーだかカリバーンだかを手に入れた王で、魔法使いのマーリンを従えていて、アヴァロンで死ぬ……くらいのものしかありません。円卓の騎士については、なんかランスロットが代表格で、最終的にこいつはアーサー王の妻グィネヴィアを寝取って大変なことになることは承知しています。あとガウェイン、パーシヴァル、聖戦士ガラハッドあたりの名前を聞いたことがあるくらいです。あなたの円卓の騎士はどこから?

 そのレベルの知識で私はこの異世界転移物語『アーサー王宮廷のヤンキー』を読み始めました。ヤンキーとはツッパリのことではなくアメリカ人のことです。つまりこれはアメリカで書かれた小説で、「小説家になろう」で連載されていたものではありません。

■第1~7章 アメリカ人、アーサー王の宮廷へ

 主人公のハンクはコネチカット州の軍需工場で働くおっさんで、轢殺トラック……ではなくバールのようなもので頭を強打されて意識を失い、アーサー王の世界へ転移します。意味もわからず円卓の騎士の一人ケイに捕縛されたハンクでしたが、場所を訪ねて「キャメロットじゃ」と返され、状況を理解していきます。
 このセリフは多分序盤のツカミのセリフだと思いますが、私本人に知識がないため「キャメロットってあの……『みんなのゴルフ』を開発した会社?」みたいな感じでピンと来ませんでした。キャメロットはアーサー王の街の名前です。

 連行中、いきなり脈絡もなく裸同然の女が出てきたので「第一話でヒロインのラッキースケベが出てこそ異世界転生!」と思いましたが、この女はただすれ違うだけのモブでした。6世紀のイギリスでは身分の低いものは裸同然で暮らしているのです。

 異世界転移するにあたってとくにチート能力などは獲得していないハンクですが、6世紀の皆既日食の日時を正確に覚えていたため、これを利用して魔法使いとして名を売り、宮廷に入り込みます。それはもう立派なチート能力なのでは?
 その後ハンクはノータイムで爆薬を作成し、これをもってマーリンとの魔法対決に勝利します。珍しいことに、いつどうやって爆薬を作ったかは特に説明されません。軍需工場で働いていたのでできるのです。それはもう立派なチート能力なのでは?

■第8~20章 アメリカ人、冒険の旅をする

 四年が経過します。ハンクはクラレンスという物分かりのよい少年を片腕として、さまざまな現代知識無双を行っていきます。なんの説明もなく石鹸や歯ブラシが開発され、本文中ではそれの広告方法について触れる形になりました。具体的な作品名は挙げられませんが「異世界転生主人公はまず石鹸を作る」みたいなイメージがあります。なのでもう石鹸を作るパートはどうでもいいのです。
 身分の低い若者をスカウトし、工場、学校、電信などの設備をひそかに次々と開発していくうちに、ハンクは将来的この王権社会を共和制にしてやろうという夢をもつようになりました。内政チートと呼ばれるジャンルですね。徹底して「どうやって開発したか」が描かれない作風なのは珍しいですが。

 そんなハンクの元にアリサンド(サンデー)という騒がしい女が現れ、ハンクはこれを伴って女の故郷にある砦の化け物を退治しに行くことになります。やはり異世界転生に大事なのは現地ヒロインで、こいつが主人公の現代知識に驚いたり現地の価値観を説明したりしてくれないといけません。おやおや……この世界には「地図」もないのか?
 ただこのヒロイン、「マーハウス卿の息子」を説明するためにマーハウス卿の武勇伝から長々と1ページ以上にわたって改行なしでしゃべりまくるので、説明役としてはいささか問題を抱えているように思います。

 途中、騎士の一団と敵対するも開発したタバコの煙をドラゴンか何かだと思われて勝手に勝利したり、魔女モーガン・ル・フェイの城に立ち寄って、地下牢で囚人裁判をしてみせたりといったイベントをこなしつつ、目的の砦にたどり着くのですが、砦はただの豚小屋で、化け物はただの農夫で、自分以外全員がドン・キホーテのメンタルで生きていることを再確認して冒険は終わります。


■第21~25章 聖なる谷での決戦

 冒険の帰りに「聖なる谷の奇跡の泉が枯れた」という話を聞いたハンクは、サンデーを伴い現場に向かいます。その道中、奴隷商人が鞭で奴隷少女をメッタうちにする場面に出くわします。
 これは間違いなく、奴隷少女を買い上げて教育しハーレム形成ルートに入るイベントであろうと思われましたが、ハンクはそれをスルーし、奴隷制度そのものへの怒りへと転化しました。

 聖なる谷ではマーリンが井戸の復興のための祈祷をしていましたが当然効果がありません。ハンクはクラレンスと連絡をとり、井戸を直すための道具とポンプと花火を送って寄こさせます。そしてマーリンが諦めるのを待って、翌日あっさりと井戸を直し、ついでにポンプを搭載し、テキトーなドイツ語の呪文を叫びつつド派手な花火を上げ、水を噴出させてマーリンを卒倒させます。
 それとは関係なく、聖なる谷に住む隠者の祈祷の動きを利用してミシンを動かしシャツを生産する体制を整えますが、これはそもそもピストンに接続できる円運動をしている隠者のほうが謎なのであまりページが割かれていませんでした。


■第26~38章 アメリカ人と王のお忍びの旅

 共和制樹立のためには国民の生活をよく知る必要があると理解したハンクは、王に「身分を隠して領地を回りたい」という要望を出します。するとアーサー王自らもそれに加わると言い出し、国のトップ2が揃ってお忍びの旅に出ることになります。
 ここでランスロットとグィネヴィアの話が差し込まれるので、ああ、たぶんこの話でもランスロットがNTRで大変なことになるんだろうなあ、と私は理解しました。

 王は生まれながらの王なので、農民のフリをしても所作でバレます。そのくせ葵の御紋の印籠などは存在しないものですから、通りすがりの騎士ともめ事を起こして敵対します。ハンクはそれをダイナマイトで爆殺し、なかったことにします。ダイナマイトは持ってるのかよ。
 貧民の暮らしを見て回る中で、王が天然痘の病人を恐れず堂々とふるまう場面があり株を上げるわけですが、ハンクには「天然痘の予防接種を受けたことがあるので感染しない」という最強バリアが張られていました。言われてみれば我々が異世界転移したとき、我々が持っている抗体の量は一種のチートと言えるでしょう。しかし今は異世界転移よりも転生のほうがメジャーなので、これについてはあまりピックアップされていないように思います。

 ハンクは身分制度で抑圧された人々の中にも、一対一で話し合えば身分制に疑問を抱いている者がいると知り、宴会を開くなどして交友を広めますが、余計な口を滑らせて乱闘となり、アーサー王と二人してどさくさで奴隷商人に捕まります。そして身分不明のガタイのいい奴隷として普通に売られてしまいます。

 奴隷商人一行はロンドンへ向かいます。道中、奴隷の家畜並みの扱いや、軽犯罪で死刑になる若い母親の苦境などを描写しつつ、ハンクは隙を見て奴隷商人の元から脱走します。電信でクラレンスと連絡をとり、あやうく脱走の罪で死罪になるところを救援されて、一命をとりとめました。


■第39~44章 アメリカ人VS騎士階級

 ハンクは以前いさかいを起こしていた騎士サグラモールとの決闘に応じます。サグラモール卿にはマーリンがなんらかのまじないをかけていますが、ハンクはこれを特に問題とせず、馬上突進しかできない相手の背後をとって投げ縄で倒します。
 そのまま流れ作業のように挑んできたラモラック卿やらガラハッド卿も同じ戦法で倒し、ランスロットまで倒してしまったところで、復帰してきたサグラモールが剣で襲い掛かります。ハンクはこれに対しコルト・ドラグーンで銃撃。軍需工場で働いていたので拳銃も作れるのです。お忍びの旅の時に持っておけよ!

 銃撃によって騎士階級の権力を破壊したハンクは一気に権力を広げます。三年が経過し、大学、電話、蓄音機、タイプライターばかりでなく、キャメロットからロンドンまで蒸気機関車が開通し、イギリスは完全に産業革命を終えていました。法律が整備され、ついでに力を持て余す騎士諸侯には甲冑野球のチームを組んで試合をさせます。アメリカ人、よくここまで野球を我慢できたな。
 そしてなぜかハンクはサンデーと結婚し一児をもうけていました。そこも過程は特に説明しないのかよ。

 しかしついに最強の敵「教会」が動き出します。ハンクの留守中にランスロットのNTR事件が起こり、円卓の騎士がバラバラになったすきに、教会はハンクに破門を宣告しました。ハンクはイギリス中の騎士を敵に回すこととなり、教会の影響下にないクラレンスなどの若者を中心として軍を組織し籠城します。
 そして攻め込んでくる教会の軍を地雷と高圧電流鉄条網で一掃し、残った兵を13門のガトリングガンで始末してビクトリーします。いくら軍需工場で働いていたからといってやっていいことと悪いことがあるぞ。
 
 ハンク自身の手記はこのビクトリーで終わります。そのあとクラレンスの書いた章があり、生き残りの騎士にハンクが刺されたこと、それ自体は致命傷ではなかったが、看護婦に化けて入り込んできたマーリンによって13世紀にわたる眠りの呪いをかけられたことが示されて、物語は終わりとなります。
 すべての文明は強引になかったことになり、我々の歴史と接続されるので、正確にいえば異世界転移ではなくタイムスリップですね。まあ中世ヨーロッパが異世界であることは間違いないので良いでしょう。



 さて、わざとらしく伏せてきましたが、この『アーサー王宮廷のヤンキー』という異世界転移モノを書いたアメリカ人というのは、『トム・ソーヤーの冒険』で有名なマーク・トゥエインであります。したがってこの物語が出版されたのは1889年(明治22年)です。このような時代に、このような巨匠によって、「中世ヨーロッパに異世界転移して現代知識チートで成り上がろう!」という作品が発表されていたことについて、驚きと尊敬の念を抱かずにいられません。

 作中で奴隷の扱いに対して非常にシビアな目を向けていたのも納得です。この作品のつい30年前に南北戦争があり、リンカンの奴隷解放宣言が出ています。作者自身が奴隷制度のあった時代を生で見てきているのです。
 作中に出てきた選挙制度が「全ての男子に選挙権を与え、その母にも選挙権を与える」というよくわからない形だったのも、書かれた時代を見ればやむを得ません。このとき我が国の選挙権はまだ「直接国税を15円以上納めた満25歳以上の男子」でした。女性参政権の実現は第二次大戦後です。十分にSFであると言えるでしょう。

 最後に余談ですが、内政チート中にハンクが発想した「彼らが必要としているのは新しい政策ニューディールだと思われた」という一文が、40年後の世界恐慌時に、ルーズベルト大統領によって政策名として採用された……という情報が『たのしく読める英米幻想文学』に書いてあり、その引用がインターネット上のあちこちに見られます。マジでござるか? 特に印象的に使われたわけでもない、セリフでもない、たった一度しか出てこない、実際のニューディール政策と具体的内容が被ってないこの単語が、なぜ歴史教科書に太字で載ることになったのか、そちらもかなりの謎なのではないかと思います。