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生きもの地球奇行・イタリア

DNAシークエンス2 『エイジャの赤石』

Memory-1 ヴェネツィア上陸作戦
 朝、ホテルのテレビをつけると日本のアニメが放送されていた。
 「亀」のスタンドっぽく「キャプテン翼やってるぜ」と言いたいところだったが、やっていたのはイナズマイレブンだった。時代の移り変わりを感じる。

 ローマからヴェネツィアへ、約4時間の電車の旅。
 乗り込んだユーロスターは全席予約指定席である。

 「この電車、さっきから1号車と2号車しかないぞッ!?」
 「それ、1等車と2等車」

 我々の指定席は2等車だったが、正直1等車との区別はつかなかった。
 予約のシートに向かうと、連番で予約したのに、それは向かい合わせになった4席の窓側の2つだった。ふつう隣だろ!……ていうか、なぜかすでに欧米人のグループが座ってるじゃあねーか!

 彼女たちが英語で「家族と席が離れちゃったから替わって」みたいなコトを言ってるな、と魂で理解したので、僕らは快く反対の通路側の席に向かい合わせで座った。検札に来た車掌にどう説明しようか困ったけど、車掌はノーリアクションだった。隣のイタリア人はずっと電話をしていた。

 電車はフィレンツェ、ボローニャ、パドヴァを経由してヴェネツィアへ向かう。
 ボローニャとかパドヴァのあたりは、ときおりレンガ造りの建物があること以外は、日本の地方都市とあまり変わらない風景が多かった。伝統と文化を支える「大都市」はユニークだ。気候と風土を反映する「田舎」もユニークだ。だがその中間の町は、世界的に似通ったショッピングセンターや工場などによって、没個性な風景になっていくのかもしれない。

 ホテルをとったヴェネツィア手前の町メストレもそんな感じで、看板が日本ほどうるさくないことを除けば、どこにでもありそうな町だった。バスでヴェネツィアに向かうと、海が近づくにつれて造船所や倉庫が多くなり、一般的な港湾都市の風景という印象がさらに強まる。
 
Memory-2 ハイ・ヴォルテージ [map]
 バスはヴェネツィアに向かうたった一本の橋、リベルタ橋を渡る。『ジョジョ』5部でギアッチョが「ヴェネツィアと呼べッ!」と叫びながらジョルノたちを追跡したあの橋である。

 いつから僕らは「ベニス」と呼ぶのをやめ、現地語で「ヴェネツィア」と呼ぶようになったのだろう。ベネチア国際映画祭で日本人が金獅子賞を獲るようになってからだろうか。いずれにせよ、ギアッチョの主張は認められたというわけだ。

 ギアッチョは死んだ……
 しかし、彼の行動や、意志は滅んでいない……
 彼がこの「呼び方」を僕らに手渡してくれたんだ。
Stazione Venezia Santa Lucia
 そんなギアッチョがお亡くなりになったサンタ・ルチア駅前。もちろん獅子の像はギアッチョによって破壊されたので存在しない。
 わざわざバスターミナルからここまで歩いてきたものの、ヴァポレット(水上バス)の乗り場が混雑していたので再びバスターミナルに戻り、大運河にそってサンマルコ広場まで行くヴァポレットに乗り込んだ。行くべきだッ!運河を船で行くべきだよッ!

 なおヴァポレットは24時間フリーチケットがある。今だいたい16時で、ヴェネツィアを発つのが明日15時だから、これ一枚買っておけば良い。日をまたいでもOKとは恐れ入った。

 サンタルチア駅から奥に進むと、街の風景があからさまにヴェネツィアになるのでちょっと困惑している。なんか嘘くさいぞ?ここはディズニーシーとかじゃあないのか?こんなところに人が住んでいるのか?どうやって生活してるんだ?
Canal Grande
 ゴンドラはけっこうでかい船のとなりを漕いでいたりして、けっこうスリリングだと思う。オール一本で大運河に出るのはかなりの技術を要するのではないか。ところで『ジョジョ』2部で出てきた架空の島「エア・サプレーナ島」はモーターボートで30分!って言ってたけど、最初シーザーはこんな小舟でそこまで行くつもりだったのかな。



 ヴァポレットはゴンドラを追い越しつつ、リアルト橋、アカデミア橋を抜けてサンマルコ広場へ。広場はすごい観光客でごったがえしていた。海面が高くなる時期は、この人々がみんな急造りの橋に乗っかるのだろうか。ちょっと信じられない。
Basilica di San Marco
 最初はサンマルコ寺院へ参拝した。
 ここはかつてヴェネツィア共和国のコアである「聖人の遺体」のために建てられた寺院である。

西暦828年、イタリア半島の「ヴェネツィア」では国を作る時「聖マルコ」という福音書を書いた聖人の遺体を、当時ビザンチン帝国のアレクサンドリアから奪い取った。そして守護聖人としてまつられ、海の小さな浮き島にできた国家は、その後なんと1000年も栄えた。「千年王国」だ……1000年以上栄えた国家はこの世界の歴史でヴェネツィアとヴァチカンだけだ。信じようと信じまいとそれは「聖人の遺体」があるからだ。

(『STEEL BALL RUN』#27より)
 ヴェネツィアは王国でもなかったし、最後のほうはカーニバルばっかやってるただの歓楽街だったとも聞くけど、それはそれ、これはこれ。
Campanile di San Marco
 続いて大鐘楼に登る。ここはエレベータで一気に登れるので楽ちんだ。上からはヴェネツィアの中心地を一望できる。音声案内の装置もあったので、おそらく「あの方向にみえるあの建物があれです」みたいな解説が聞けるのだろう。僕は『アサシンクリード2』で各建物のだいたいの位置関係を予習してきたので余裕だ……と思って景観を楽しんでいたら、突然鐘が鳴り出した。

 頭のすぐ上で鳴る鐘は想像以上の大音量で、耳をふさがなければ聴力がしばらくマヒしかねない勢いだった。みんな口々にいろんな国の言葉で「うるせえ」と言っているようだったがぜんぜん聞こえない。かわいそうなのは音声案内に1ユーロを入れた人である。
Palazzo Ducale
 そしてドゥカーレ宮。やけに入場料が高いのは、他の博物館との共通チケットしかないかららしい。ここ以外の博物館に寄る予定がないので迷ったが、まあケチケチしても仕方ない。少なくともエツィオさんのようにレオナルド・ダ・ヴィンチの飛行機械で突入しなくて済むのだから安いモノだ。

 実のところアサシンクリードで出てくる中庭以外にはあまり興味がなかったんだけど、ここの展示は入場料を払ってお釣りが来るくらいスゴイ価値があった。建物内部は高警戒エリア(撮影禁止)だったがとうていカメラには収め切れまい。

 壁にかけられた世界古地図には日本がギリギリ描かれており、首都は「ミヤコ」とされていた。体育館の緞帳かっていうくらい巨大な絵が何枚も掲げられていて、そこにはヴェネツィアがどのような戦いに大勝利してきたかが描かれていた。そしてその戦いで使われたとおぼしき武器防具の数々。こんな槍、呂布くらいしか使えねーだろ!「ため息の橋」は修復中だったが、中を通って牢獄を見ることはできた。



 今日見る予定だったところはだいたい見ることができたので、日没まではサンマルコ広場周辺の街歩きと食事にあてることにした。
 ヴェネツィアには「大通り」って感じの通りが全然ない。教会や井戸を中心とした広場がいくつかあって、それを細い路地がつないでいる。当然、現在地を把握することは困難を極める。絶対迷子とか出てると思うんだが、迷子センターなんてないし、いったいどうするんだろう。

 そんなわけでガイドブックに載ってたお店を探すのも一苦労だったんだけど、このお店がまた素晴らしかった。注文を取りに来たオッサンがイタリア人を代表するかのような陽気さで、日本語の単語を並べながらオススメを教えてくれた。でもさすがにボンゴレがアサリなのはわかりますよオッサン!

 オススメされたヒラメはベリッシモうまかった。我々が食べてる間も、オッサンは別のフランス人客にフランス語で同じモノをオススメしていた。中国人客に対してはなぜか「アリガト」を連呼していた。中国人客は「謝!謝!」と訂正していた。うん、この陽気さ、テキトーさ、この空気こそがイタリアよ!



 食事に大満足し、日も落ちたので、サンマルコ広場からリアルト橋方面に向かって徒歩で移動。前述の通り、ところどころにある「リアルト橋方面」という看板を見落とすと即迷子なので要注意だ。

 リアルト橋からはヴァポレットに乗ろうかと考えていたが、街歩きも楽しいし、なんか歩けそうなテンションだったのでバスターミナルまで歩いて戻った。駅に向かうとはいえ、本当に駅前に出るまでは基本的に細い路地なので、案内の看板が命綱なのは変わらない。
Ponte di Rialto
 無事たどりついたけれど、すごく疲れたので明日はヴァポレットを乗り倒そうと思った。
 
Memory-2 ガッツの「G」
 翌朝、微妙に調子が悪いことに気付く。昨日のヴェネツィア行き超特急の中でうっすら感じていたが、もう認めざるを得ない。これは風邪だ。疑う余地なく風邪の前兆!

 「こりゃ寝てないとダメですねミスタ。胃腸薬はありますけど風邪薬はありませんよ」
 「あのな……ンな事ァわかってる。誰よりも薬飲まなきゃいけねーっつーのはわかってんだ……だから栄養ドリンクか何かないかって頼んだんだ、オレだけ『ヴェネツィア』を見ねーで『寝てろ』って言うのかオメーはよ!?」
 「わかりましたよ、何とかすりゃあいいんですね?」
 「お……おい、何だそりゃあぁぁーっ!」
 「『レッドブル』だあーッ!」

 ファイト一発なんて売ってないけど、レッドブルはどこでも売ってたのでそれで凌いだ。イタリアのレッドブルはタウリン入ってんのかな?



 ホテルのモッツァレラトマトを存分に堪能したあと、再びバスでヴェネツィアへ。今度は島の外側をまわるヴァポレットでサンマルコ広場方面に向かう。天候はくもり、湿度は港街だけにやや高めだ。外回りの路線に乗ったのは偶然だったが、この便はサンマルコ広場の前にサン・ジョルジョ・マジョーレ島に停まるルートである。乗り換える手間が省けた。

 そう、これより僕らが向かうのは「サン・ジョルジョ・マジョーレ島」!!
 たったひとつの教会のある島で、そこにはたったひとつの大鐘楼がある!
 そしてその鐘楼こそ、『ジョジョ』5部でブチャラティが組織のボスを裏切る決断をした場所なのだ!
San Giorgio Maggiore
 美術館のようなものが併設されていて、企画展のようなものをやっている雰囲気だったけれど、なにぶんイタリア語でしか書いてないのでよくわからない。英語の表示がなくなると「観光コースから外れたな」という気がする。

 こんな奇特な立地条件ではあるものの、中はちゃんと教会としての体裁が整っていた。こんなところでもミサとかやってるのかなあ。みんなわざわざ船で来るのかなあ。本島にも隣の島にもたくさん教会はあるのになあ。

 ブチャラティを追悼したあと、鐘楼へ登る。驚いたことに、エレベータの窓から、塔内にせまい螺旋階段が残っているのが見える。もともと螺旋階段だったところの中心をブチ抜いてエレベータを設置したんだろうか。これならボスが潜むのも簡単だし、すれちがいざまにトリッシュを回収するのも可能だろう。

 鐘楼からはサンマルコ広場が見える。反対側にはリド島など他の島々も見える。ここ、意外と空いてるし、景色はいいし、ちょっと穴場的なビューポイントだな。



 水上バスで対岸のサンマルコ広場に戻る。仮面舞踏会的なドレスのコスプレをした人が、一緒に写真を撮るサービスをしていた。1ユーロくらい。これ、仮面で顔は見えないし、コスプレ好きの人にとっては願ってもない職業だな。暑そうだけど。

 残りの時間は、町歩きを兼ねて、サンマルコ広場周辺の込み入った路地でお土産屋さんを見て回ることにした。ついでにトイレを探したが、やはり「WC」の看板を見落とすと即迷子になるのでつらい。裏通りに迷い込むと、ひっそりと狭いスーパーマーケットや電気屋さんがあったりして、ここに住む人の日常生活をうかがわせる。お土産を見て回るだけでもダンジョン探索な街、ヴェネツィア。

 広場ででかいパニーニを食べたあと、ヴァポレットで大運河を渡って、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会の方にも行ってみた。このあたりには現代的な美術館も多く、売っているガラス細工のデザインも変わったものがちらほら見られる。お土産屋や景色を楽しみつつ、リアルト橋まで歩いて、今度はちゃんとヴァポレットで帰った。



 名残は尽きないが、そろそろ予約したフィレンツェ行き超特急の時間だ。予約席は連番にもかかわらず、今度は前後のシートだった。なんで連番が隣じゃあねーんだこの国は……。
 周りに誰もいなかったので、隣同士の席に勝手に変えてみた。後ほど、その席を予約しているとおぼしきおじさんがやってきたので、果敢に「シート」「チェンジ」「プレファボーレ(お願いします)」と交渉してみたら、即決で承諾してくれた。が、そのせいで知り合いと席が離れてしまったらしく、ルイージ似の人が後ろから出てきてずっと談笑していた。くっ……居心地が悪い……!

 降りるときに3回くらいグラッツェして、フィレンツェ編に続く!